『なんとかしなくちゃ』(モニカ・ディケンズ、訳=高橋茅香子、晶文社)


c0077412_1035458.png『One Pair of Hands』(Monica Dickens, 1939)
本書は著者のデビュー作で、22歳の時にコック・ジェネラル(料理だけでなく家事全般をこなす使用人のこと)として働いたときの体験をもとにしたもの。見習い看護婦としての体験をもとに書いた『One Pair of Feet』、地方の新聞社で記者として働いた体験をもとに書いた『My Turn to Make the Tea』(皮肉の効いたタイトルですね)とともに自叙伝の三部作といえる(訳者のあとがきより)。

文豪チャールズ・ディケンズの曾孫で名門女学校を出た女性が「使用人」に?とちょっと驚くが、そういえば文豪幸田露伴の娘である幸田文も女中奉公をしてその体験をもとに『流れる』を書いている。素人の目で奉公先のあれこれを事細かに観察・描写している点も共通する。ただし、切実な事情があって中年になってから使用人になった幸田文の場合と違って、著者の場合は何かを待っているだけの無意味な日常を打開しようと考えて思いついたのが料理を作る仕事で、その仕事をするために使用人になることにした、というのだから、若い娘の気ままなお遊びの感は免れない。それはそれとして、勤め先では使用人に徹して決してボロを出さなかった著者の演技力はたいしたものであり、若い娘のそんな冒険を笑って許していたらしい家族のおおらかさもたいしたものである。

著者のコックとしての初仕事はミス・キャタモールの家で10人分のディナーを用意することだった。てんやわんやの一日が終わったあと、ミス・キャタモールは「明日は来てくださらなくていいわ」という言葉とともに著者の手に6シリング分のコインを押し込んだ。次のミセス・ロバートソンのところも、いくつかの小さな失敗と一つの取り返しの付かない不始末のせいで、二日で雇い止めになった。
次のミス・フォークナーのところはもっと長く続いたが、ミス・フォークナーのパートナーによる軽はずみな振る舞いのせいで追い出される。しかしその頃にはようやく仕事にも慣れて手際も良くなった著者は、引き続いて有名な婦人服デザイナー、新婚の若夫婦、病弱な妻と二人の子どもを抱えた大佐、十数人の使用人がいる地方の名家などで通いや住み込みの使用人として働き続ける。そして1年半後に、著者は心身ともに疲れてコック・ジェネラルの仕事を辞めることになったが、その間の著者の体験が綴られた本書は、当時の使用人事情――使う側と使われる側、双方の暮らしぶりや考え方などを知ることができる興味深い読み物となっている。(2016.5.18読了)
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by nishinayuu | 2016-07-20 10:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-07-22 11:35 x
毎日おさんどんをしている身としては、わざわざ料理人になろうとは思わないけれど・・・
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