『わがタイプライターの物語』(ポール・オースター/サム・メッサー、訳=柴田元幸、新潮社)
2016年 06月 22日
『The Story of My Typewriter』(Paul Auster/Sam Messer)
1ページ目にタイプライターのデッサン、2ページ目にタイプライターの油絵があって、本文は3ページ目(ページ番号は8)から始まる。その冒頭の文は――「三年半経って、私はアメリカに戻ってきた。」
どこで何をしていて三年半経ったのか、それまでのいきさつは一切ない。そして「1974年7月のことだ。ニューヨークに帰ってきて最初の午後、荷を解いてみると、ヘルメスの小型タイプライターが壊れてしまっていた。」という文が続く。そのあと著者は友人からオリンピア・ポータブルを40ドルで譲り受け、「その日以来、私が書いたことばは、一言残らずこの機械によって清書されてきた」という。
この西ドイツ製のタイプライターを、友人たちがマックやIBMに鞍替えしても使い続けてきたという変わり者の著者に、さらにもう一人の変わり者・画家のサム・メッサーが加わる。「サムはある日我が家を訪れ、一台の機械に恋をしたのだ」と著者はいう。やがて著者はサム・メッサーのせいで長年の仲間を「それ」として考えることに困難を感じるようになる。「タイプライターはゆっくりと、しかし確実に「それ」から「彼」に変わったのだ」という文のすぐ後に続く絵のタイプライターは確かに「それ」ではなく「彼」になっている!
著者の家を訪れるたびにいくつもの絵やスケッチを描く、というサムの絵が本書の中でどんどん比重を増していき、終わりの方では文よりも絵の方が多い、という状態になっている。もちろんタイプライターを描いた迫力のある油絵が多いが、タイプライターの持ち主を描いたスケッチや油絵もたくさんあって、ポール・オースターの人物像を知る手がかりとなる。この画家はタイプライターに恋をしただけではなく、タイプライターの持ち主にも惚れ込んでいたに違いない。別にポール・オースターのファンでなくても楽しめる、手許に置いておきたくなる傑作絵本である。(2016.4.17読了)