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『卵のように軽やかに』(サティ、編訳=秋山邦晴・岩佐鉄男、筑摩書房)


c0077412_9503385.jpg『Léger comme un œuf』(Erik Satie)
副題に「サティによるサティ」とある。「グノシエンヌ」の不可思議な旋律に魅せられて久しいが、サティについては「ユトリロの母・シュザンヌ・ヴァラドンを恋したが、その恋に破れて生涯独身を通した」ということぐらいしか知らなかった。そこで本書を読んでサティを知ろうと思ったわけである。訳者によると本書は、サティ(1866~1925)が初期から晩年までに、さまざまな機会に書き残した文章の中から選んだものだという。五つの章からなり、各章のタイトルと内容は次のようになっている。
1.「最後から二番目の思想」 講演原稿や作曲家論をまとめたもの
2.「健忘症患者の回想録」 1912年から1914年に「音楽評論」誌に連載されたエッセイを中心にまとめたもの
3.「哺乳類の手帖」 アフォリズムのシリーズを中心にユーモラスな短文を集めたもの
4.「サティ詩抄」 楽譜の音符のわきに書き込まれた演奏の指示のようにも短い物語のようにも読める詩的なことばを集めたもの
5.「メドゥーサの罠」 1913年に書かれたサティ唯一の戯曲で「ダダ以前のダダの演劇」ともいわれる音楽喜劇

サティという人は突拍子もないことを言い出すし、持って回った言い方や皮肉な言い方をするので、なかなか真意がつかみにくい。サティの周辺にいた人たちや同時代人ならすぐにぴんときただろうことばも、その真意とおもしろさが30%も理解できたかどうか。それでもとにかくサティが時代の先端を行く非常に希有な才能の持ち主だったことと、常軌を逸した奇人だったことは理解できた。ヴァラドンとの恋が短期間で終わったのも頷ける(もちろんヴァラドンも「タダモノ」ではなかったろうが)。
ところでこの本には訳者による膨大で詳細な注がついていて、「サティ事典」といってもいいほどの充実ぶり。本文と併せて読むとサティの同時代人との関係が見えてくる。サティのお眼鏡にかなった人物としてはドビュッシー、シャブリエ、デュカス、ストラヴィンスキー、デゾルミエール(サティのお気に入りの指揮者)、ポール・コレール(ベルギーの音楽批評家、サティの親友)、コクトー、ピカソ、ドラン(サティが病に倒れたとき家に引き取って世話)、ブラックなどがおり、サティに嫌われた人物としてはサン・サーンス(サティが学士院アカデミー会員に立候補して落選したときの審査委員長)、アラゴン(ダダ・グループの詩人)などがいる。
最後に代表的作品をメモしておく。
*3つのジムノペティ(Gymnopédies、パリ音楽院時代)
*グノシエンヌ(Gnossiennes、パリ音楽院時代)
*ヴェクサシオン(Vexation、1893~1896) 840回の繰り返し
*あんたが欲しい/おまえが欲しい(Je Te Veux、カフェ「黒猫」時代)
*メドゥーサの罠(音楽劇、1913)
*パラード(バレエ音楽、1917)
*家具の音楽(Musique d’ameublement、1920)
(2016.4.6読了)
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by nishinayuu | 2016-06-10 09:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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