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『タイガーズ・ワイフ』(テア・オブレヒト、訳=藤井光、新潮クレストブックス)


c0077412_10451351.jpg『The Tiger’s Wife』(Téa Obreht、2011)
物語の舞台は紛争に明け暮れるある土地。新たな国境が生じたその土地で、他国となった地域に住む人々のために医療活動する女医の視点で物語は綴られていく。
彼女は、人間的にも技術的も優れた医者である祖父に導かれて様々な物事を体験し、祖父から様々な物語を聞かされながら育った。そして、世の中には「誰にも話さずに胸にしまっておく瞬間」というものがあることを学んだ。
祖父が繰り返し語る物語が二つあった。一つは「虎の嫁」と呼ばれた少女の物語であり、もう一つは「不死身の男」の物語である。どちらの話にも祖父は重要な登場人物として深くかかわっていた。「虎の嫁」と出会ったときの祖父は9歳の少年だったが、16歳くらいだったこの聾唖の少女のこと、一連の出来事とそれに関わった人々――肉屋のルカ、雑貨屋のジョヴォ、鍛冶屋、薬屋、クマのダリーシャたち――のことは、祖父の心に深く刻みこまれた。祖父がガヴラン・ガレイと名乗る「不死身の男」と遭遇したのは大人になってからで、ある時この男と賭けをした祖父は、負けた場合は、いつも手許から離さないキップリングの『ジャングルブック』を差しだす、と約束してしまう。男が不死身であることを祖父が認めたら祖父の負けで、その時が祖父の死の時でもある、というかけだった。その祖父が地雷原にいる少年たちのために医者としての最後の務めを果たしに出かけたまま、帰らぬ人となる。家族の中でただ一人、祖父が不治の病に侵されていたことを知っていた語り手は、祖父の終焉の地に赴く。祖父が語り手に何を語ろうとしたのかを知るために。

1985年ユーゴスラビアのベオグラードで生まれた作者は、1992年に紛争の激化する故国を離れ、1997年にアメリカに移り住み、20歳でコーネル大学大学院の創作家に進学している。そして2011年に本作でオレンジ賞を受賞したときはまだ25歳という若さだった。
重厚で深遠な内容に魅せられて読み進み、読後に初めて作者の年齢を知って感動を新たにした。若い女性の作品であることを毫も感じさせない驚くべき作品である。
(2016.2.4読了)
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by nishinayuu | 2016-05-21 10:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-05-24 23:06 x
以前読みました。不死身の男のことはおぼえていませんが、虎の嫁は印象が強く、映像として覚えています。戦禍で焼けるベオグラードの動物園から逃げ出す虎が、山野を駆け回り、納屋の中で少女を出会う幻想的で寓話のようなシーンが浮かんできます。
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