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『ブルックリン』(コルム・ドビーン、訳=栩木伸明、白水社)

c0077412_9141888.jpg『Brooklyn』(Colm Tóibín, 2009)
1955年にアイルランド南東部の町エニスコーシーで生まれた作者は、1990年に最初の小説を出版して以来、大学の客員教授、ノンフィクション作家、評論家としても活躍中。第5作目の小説『The Master』では惜しくもブッカー賞を逃したが、第6作の本作でコスタ賞を受賞している。――訳者あとがきより。

本作は1950年代にアイルランドの田舎町エニスコーシーからアメリカのブルックリンに単身で渡った若い娘アイリーシュの波乱に満ちた2年間を綴ったものである。全体は4部構成になっていて、第一部ではまずエニスコーシーでの暮らしぶりが描かれる。きちんとした勤めを持っていて、ゴルフもたしなむ利発な姉のローズにくらべてアイリーシュはパッとしない。そんなアイリーシュのところに、アメリカ行きの話が舞い込む。アメリカ在住のアイルランド系の神父が働き口と住まいを斡旋してくれたのだ。それで、イギリスにも行ったことのないアイリーシュが、たった一人で遠いアメリカに旅立つことになる。ローズに見送られてダブリンからリバプールへ。そしてリバプールではバーミンガムで働いている兄のジャックに見送られて、いよいよニューヨーク行きの定期船に乗ったのだが……
この船旅の一部始終――狭い船室、隣室の乗客に独占された共用トイレ、激しい船酔い――などがまるで映像を見ているかのようにリアルに描写されていて、この小説の先行きに俄然興味がわいてくる。このあと第2部ではブルックリンでの暮らしが描かれ、アイリーシュは家主のミセス・キーホーや下宿人たち、職場の人たちとの軋轢などに悩みながらも、資格を取る勉強を始める。第3部には人々の間に蔓延する差別の問題が浮き彫りにされる一方で、アイリーシュに恋の季節がやってくる。が、そのとき故郷から衝撃的な知らせが入り、第4部でアイリーシュはとるものもとりあえずエニスコーシーに舞い戻る。用事がすんだらすぐにアメリカに戻るつもりだったのだが、滞在が長引くうちにブルックリンでの恋は「夢か現か、寝てか覚めてか」という感じになっていくのだった。

出会うことすべてが初めての体験である若い娘が、戸惑いながらも一つ一つの壁を乗り越えて前に進んでいく姿は健気で、ふと『家なき娘』のペリーヌを思い浮かべてしまうほど感動的である。一つ一つのエピソードも興味深く、語りにスピード感があるのもいい。ただし、姉のローズ、兄のジャック、母親などの人物像はその心理状態もわかるくらい入念に描かれている一方で、それ以外の人々や出来事の描写は表面をかすって流れていくような印象が残る。2年間のことを何もかも、出会った人物をだれもかれも取り込んでいるせいではないだろうか。(2016.1.18読了)
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by nishinayuu | 2016-04-11 09:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-04-19 23:00 x
やはり、ニューヨークは夢を実現できる土地として、若者が向かうところなんですね。
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