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『夏の家、その後』(ユーディット・ヘルマン、訳=松永美穂、河出書房新社)

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『Sommerhaus, später』(Judith Hermann, 1998)
九つの短編が収録された本書は1970年にベルリンで生まれた著者のデビュー作で、半年の間に10回も増刷されたベストセラーだという。
印象的だった作品は以下の通り。

*紅珊瑚――曾祖母と一緒にロシアにやってきた曽祖父は、あちこちに炉を作る仕事をしていて長い間家を空けていた。その間、曾祖母はペテルブルグのマールイ通りの家でドイツへの郷愁に浸っていた。曾祖母は美しい人だった。曾祖母のところには崇拝者が押しかけた。曽祖父がやっと家に戻ってきたとき、曾祖母は紅珊瑚の腕輪を着けた。それは崇拝者の一人、セルゲイヴィチから贈られたものだった。そのせいで曽祖父は命を落とすことになり、曾祖母は左の手首に紅珊瑚の腕輪をしてベルリン行きの列車に乗った。柳の籠にセルゲイヴィチに似たわたしの祖母を入れて。
*ソニア――ソニアに初めて出会ったのは、ハンブルクで恋人のヴェレナと八日間過ごした後、ベルリンへ向かう列車の通路だった。彼女はちっとも美人ではなかった。コンパートメントに戻ろうとして振り向くと、彼女がじっと見つめていた。その視線には色気や戯れやつやっぽさはなく、むしろ殴りたくなるような、ある種の真剣さと露骨さがあった。そしてベルリンの動物園駅で降りると、彼女はぼくのすぐ前を歩いていた。キオスクで立ち止まり、たばこと夕刊を買おうとすると、彼女が僕の隣にいて「待っててあげようか」と言ったのだった。
*何かの終わり――祖母の最後の年の話をゾフィーが語る。祖母が話せるお話は二つあった。一つは戦争中の話で、ソ連軍がベルリンに迫っていたので列車で逃げた時、駅じゃないところで列車が止まったら6歳の息子がおしっこをしたがった。それで息子を外に出したら列車が急に発車して、息子は野原の真ん中に取り残されてしまったという話。もう一つは戦後の夏のこと。姉(ゾフィーの母)と弟(野原に取り残された子)がパチンコで遊んでいて、姉が弟の目に石を当ててしまったため、弟は義眼になったという話。そして祖母は炎の中で踊りながら逝った。
*ハンター・ジョンソンの音楽――ワシントン・ジェファーソン・ホテルはもうホテルではなくなっていた。避難所であり、年とった人々の救貧院、死ぬ前の最後の腐りかけた逗留所、お化け屋敷だった。5階の一部屋に住むハンターは、復活祭前の金曜日、いつもの夜と同じように音楽を聴いていた。曲はグレン・グールドの弾くバッハの平均律クラヴィーア。とそのときハンターの部屋の前で床板がパシッときしんだ。そっとドアを開けると「出口」表示の緑の明かりの中に女の子が立っていた。
*夏の家、その後――もう会わなくなって長いシュタインがある日電話してきた。「家を見つけたんだ」と。それでなんとなくわたしはシュタインのタクシーに乗り、マリア・カラスが歌うドニゼッティのアリアを聞きながらカニッツまで家を見に行った。その家はカニッツの村道のはずれに、ずっと昔に漂着した、誇り高い船のように立っていた。大きな三階建ての赤煉瓦の農家で、傾いたベランダはびっしりと絡みついたツタのおかげで保たれているようなものだった。美しい家ではあったが、それは廃墟だった。
*オーダー川のこちら側――コバーリングが妻のコンスタンツェ、幼いマックスと過ごしている夏の家に、アンナがマリファナ野郎と一緒に現れて、2,3日泊めてほしい、という。アンナは昔の友人ピエロ親父の娘で、彼女の子どもの時以来何年もあっていなかった。静かな日常を乱されて、コバーリングは面白くなかった。アンナのあつかましさも気に障るし、マリファナ野郎はなおのこと気に入らなかった。マックスが珍しいお客に魅せられているのも面白くなかった。

著者は自分の年齢に近い人々の生態だけではなく、年上の人々や老人たちの言動や心情までもつぶさに描きだしている。特に「オーダー川のこちら側」のコバーリングはその人生の軌跡が知りたくなる興味深い人物である。『紅珊瑚』、『何かの終わり』なども長編小説にしてもよさそうな内容の濃い作品である。(2016.1.6読了)
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by nishinayuu | 2016-03-30 07:47 | 読書ノート | Trackback(1) | Comments(1)
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Tracked from dezire_photo.. at 2016-08-14 17:21
タイトル : オペラ・ブッファの傑作で楽しいオペラ
ドニゼッティ「愛の妙薬」Donizetti "Elixir of Love"  オペラ・ブッファは,18世紀前半に生まれモーツアルトなどによって高い芸術レベルまで発展してロッシーニの「セビリアの理髪師」で頂点を迎えます。ドニゼッティは70作ものオペラを作曲しており「ルチア」が一番有名ですが、「ルチア」は陰惨な話で、私はオペラ・ブッファの最後の傑作と言われる「愛の妙薬」がドニゼッティの作品では一番好きです。... more
Commented by マリーゴールド at 2016-04-06 13:01 x
過去をのぞき込むような哀切なチゴイネルワイゼンの曲が聞こえるような物語ですね。全部関係があるようですね。
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