『四十日』(ジム・クレイス、訳=渡辺佐智江、インスクリプト)

c0077412_9252512.jpg『Quarantine』(Jim Crace、1998)
巻頭に次の言葉が掲げられている。
平均的な体重と体力を備えたふつうの男性が、完全な断食――つまり、その断食の期間中は、食べ物も飲み物もいっさい摂らない――を行った場合、三十日以上生存することも、また、二十五日以上意識を保つこともありえない。その男性が、聖書に記述されている四十日の断食を完遂することは、不可能であろう。もちろん、神の助けがあれば別かもしれないが。しかしながら歴史は、そのたぐいの介入を記録することはなく、医学はそれに異議を唱えるものである。(『The Limits of Mortality』 Ellis Winward & Michael Soule, Ecco Press, 1993)

というわけでこの物語は、イエスの沙漠における四十日四十夜の断食という聖書の記録をもとにして、実際はどんなことが起こったのかを解き明かして見せたものである。主な登場人物は――
沙漠を移動中の商人ムーサ、その妻で妊娠6か月のミリ、結婚して10年になるのに子供ができないマルタ、癌で死にかけている老人アファス、異国人風で学がありそうな金髪のシム、言葉が全く通じないバドゥ族の男、そしてまだ少年のような若きイエス、という男女7人である。ムーサとミリ以外はそれぞれ思うところがあって40日間の断食修行をするために沙漠にやってきた者たちである。
沙漠という過酷な環境の中での断食修行、ということでさぞやすさまじいことに……と思いきや意外にも、各人に一つ一つの洞穴という住居はあり、衛生的には疑問ながらも一応水場があり、夜は飲んだり食べたりもできる。洞穴は「この辺一帯の所有者」であるムーサが賃貸ししてくれたもの、水場は実は熱病で死ぬはずだったムーサの墓にするつもりでミリが掘った穴に水がたまったもの、食べ物はバドゥが狩りをして獲ったものやムーサがミリに作らせて売っているものだ。マルタは一緒に機織りを楽しむほどにミリと親しくなり、しまいには姉妹のようになる。ムーサはムーサで商売に励む一方で、がりがりの妻を捨ててふくよかで金持ち風のマルタをものにしようと狙っている。沙漠の中で、町の中と同じような日常生活が繰り広げられるのだ。
ところがただ一人、ガリーと呼ばれるイエスだけは、誰も近づけない洞穴にこもり、昼はもちろん夜も飲まず食わずで神の声を待つのである。さて彼は、悪魔の誘惑を退けて神の許に行くことができるのだろうか。男たちが砂漠から逃げ出し、二人の女も手に手を取って逃げ出した後、一人の伝道者の誕生を予言するようにして物語は終わる。
限られた空間の中で特に魅力的ともいえない数人の人物が蠢いているだけの物語なのに、描写が細かく、文章が魅力的で、ぐいぐいと最後まで読まされてしまう作品である。(2015.12. 23読了)
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by nishinayuu | 2016-03-22 09:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-03-23 20:48 x
キリスト教の信仰が広く深くいきわたっている文化の中で生まれる疑問だし、発想ですね。イエスはどうやって断食をおこなったのか。
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