『ヤンケレの長い旅』(タマル・ベルグマン、訳=岩倉千春、未知谷)

c0077412_11492787.jpg『Along the Tracks』(Tamar Bergman, 1987)
本書は現代イスラエルの作家タマル・ベルグマンによるローティーン向けの作品で、タマルの友人が実際にくぐりぬけた体験をもとに書かれたものだという。作者はこの作品と『帰ってきた船長』と『〈むこう〉から来た少年』を合わせて三部作と呼んでいるそうだ。

物語の始まりは第2次大戦中のポーランドのウッチ。ドイツ兵が街に現れ、ユダヤ人街が明日にもゲットーに変えられるだろうというとき、ヤンケレの一家――大工のイツハクと妻のローザ、7歳のヤンケレとまだ赤ちゃんの妹サレレの四人は街を離れてソ連国境を目指す。同じ思いの大勢の人々が国境の森を目指して走った。はぐれた子供や親を探す声があたりに響く中で、ヤンケレは父親と約束した。ヤンケレがはぐれたらパパはヤンケレが見つかるまで探すし、ヤンケレもパパが見つかるまでパパを探す、と。寒さと飢えに耐えながらやっと国境を越えた一家は、一時滞在キャンプを経てウラル山脈へと向かう。パパが山中の鉱山で働くためだ。しかしここも寒さと飢えから逃れることはできず、ローザに続いてイツハクも体を壊してしまう。そこで一家はポーランドの市民権を放棄してソビエトの市民権を手に入れ、暖かいクリミアへ移り住む。その地でヤンケレの遊び友達シルリクの父親もイツハクと同じ木工協同組合に職を得た。子供たちはもう飢えることもなく、ヴァンカとスタンカという双子の子山羊を手に入れたヤンケレは遊び仲間の中心となる。しかしヤンケレの楽しい子供時代は長くは続かなかった。ソ連にもドイツ軍が侵入して来たのだ。パパは「ナチをやっつけてポーランドの仕返しをする絶好の機会が来た」と言って、ママの懇願を振り切って戦場に行ってしまう。
それから3か月後、クリミア半島がドイツ軍に占領され、ヤンケレとママとサレレはシルリク母子といっしょに貨物列車で東へ向かう。社内ではジフテリアが蔓延して子供たちが次々と死んでいく。ヤンケレは何とか命を取り留めるが、親友のシルリクはあっけなく死んでしまう。シルリクを雪原に埋めに行った母親のベラが列車に乗り損ね、シルリクの妹がローザの手許に残される。ドイツ軍の爆撃が激しくなり、人々は列車から退避して爆撃が終わるとまた列車に乗り込む、ということを繰り返していたが、ある時ヤンケレが線路に戻ってみると、列車がいなくなっていた。ここまでが、ヤンケレの幼い子供としての日々を描いた第1部「ヤンケレ」のあらすじである。
第2部「ヤーシャ」ではヤンケレが必死に母を求めてさまよう姿が描かれる。幼い少年にはあまりに過酷な状況の中で、ヤンケレが少しずつ一人で生きていく力をつけていく過程を、読者は一緒に旅することになる。ヤンケレというのはヤコブのイディッシュ名で、ヤーシャはそのロシア名である。ロシアの大地で逞しく成長した少年は、父と約束したとおり「見つかるまで母親を探し続けて」母親との再会を果たすことができ、やがて父親もヤンケレに約束したとおり家族を探し当てて連絡してくる。それは実に感動的で素晴らしいことではあるが、「パレスチナに行こう。自分たちで新しい祖国を作ろう」という結論には、その後の歴史を知っている者としては複雑な思いを禁じ得ない。彼らにとってはロシアも祖国ではありえず、祖父や祖母が留まってホロコーストの犠牲になったポーランドにも帰りたくない、という心情も理解できないわけではないけれども。(2015.9.27読了)
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by nishinayuu | 2016-01-14 11:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-01-16 00:23 x
難民で一番痛切に感じるのは、昨今の難民ではなく、やはり第二次世界大戦時の人々です。これも読んでみたいです。親の姿勢が立派ですね。
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