『代書人バートルビー』(メルヴィル、訳=酒本雅之、国書刊行会)

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『Bartleby the Scrivener』(Melville)

冒頭にボルヘスによる序文があり、その中で『白鯨』と『バートルビー』の〈共通点と相違点〉が挙げられている。要約すると、

*相違点――『白鯨』が世界の七つの海を舞台にした大作で、カーライルやシェイクスピアの華麗な反響が聴き取れるのに対して、『バートルビー』はウォール街の弁護士事務所を舞台にした短編で、文体も主人公と同様にくすんでいる。
*共通点——両主人公の狂気の沙汰と、その狂気が周りのすべての者に感染していく信じがたい状況
ということになる。
さて『バートルビー』はまず語り手の自己紹介から始まる。それによると、かなりの年配で、野心には縁のない法律屋であり、ウォール街の一角を占める建物の2階に事務所を構えて金持ちの債権や抵当や権利書で安楽な商売をしているという。事務所員として筆耕(代書人)二人と雑用係の少年を雇っていて、それぞれターキー(七面鳥)、ニパーズ(やっとこ)、ジンジャー・ナット(ショウガ入りビスケット)というあだ名のこの三人について語り手は次のように紹介している。
*ターキーは太った小柄なイギリス人で、語り手と同じく60歳に近く、昼食の直後が実務能力の頂点で、午後はすさまじい興奮状態になって実務能力は急速に衰えていく。
*ニパーズはどこか海賊もどきの風貌をした25歳くらいの青年で、病的な野心と消化不良の犠牲者だった。野心に関する問題行動はひとまず置いておいて、消化不良の影響についていえば、節制を忘れぬ子の青年が時々消化不良のせいでイライラと不機嫌の発作を起こして暴れまわるのだ。ただ、それが現れるのは主に午前中なので、語り手はターキーとニパーズ二人の奇癖を一度に引き受けることは免れた。
*ジンジャー・ナットは12歳くらいの少年で、走り使いと掃除が主な仕事だった。ターキーやニパーズのためにしょっちゅうジンジャー・ナッツを買ってくるのも彼の仕事で、それが彼のあだ名の謂われだった。

このような体制では仕事がこなしきれなくなった語り手は、代書人を新たに雇うことにした。語り手の出した広告に応じて、ある朝一人の青年が事務所の入り口にひっそりと立った。「今でもその立ち姿が目に浮かぶ。生気に欠けるほど身だしなみがよく、哀れになるほど上品で、癒しがたいほど孤影悄然、これがつまりバートルビーだった。」語り手は喜んで彼を雇い入れた。「わが筆耕たちの陣営に、こんなにも際立って平静な様子の人物を迎え入れたら、ひょっとしたらターキーの気まぐれな気質やニパーズの激しやすい気質に好影響を与えるかもしれないと思ったからだ。」やがて語り手は、彼らよりもずっと上手の奇人を雇ってしまったことを思い知らされることになる。

本書は「バベルの図書館」と銘打って国書刊行会から刊行されたシリーズ(全30冊)の一冊である。このシリーズはボルヘスが編集し、各巻に序文をつけた「夢と驚異と幻想の世界文学全集」の日本語版ということで、なるほどマニアックな短編が並んでいる。リラダンの『最後の宴の客』と本書の2冊しかまだ読んでいないが、機会があったら(つまり図書館で出会ったら)読んでみたいと思う作品もいくつかある。(遠慮しておきたい作品もあるわけです。)(2015.9.25読了)
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by nishinayuu | 2016-01-10 11:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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