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『ヴォルテール、ただいま参上!』(ハンス=ヨアヒム・シェートリヒ)

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『Sire, Ich Eile….Voltaire bei FriedrichⅡ Eine Novell』(Hans Joachim Schädlich, 2012)
訳=松永美穂、新潮クレストブックス



本書はフランスの哲学者、文学者、歴史家であるヴォルテールの、プロイセン王国の君主・フリードリヒ2世との長年にわたる交流を描いたものである。1694年生まれのヴォルテールに1712年生まれで18歳年下のフリードリヒが送ったファンレターまがいの書簡から始まった二人の交流は、やがてプロイセンの王宮において丁々発止のやりとりをする刺激的な関係へと移行していく。そしてしばらくは両者にとって快適な蜜月時代が続くが、それぞれ一癖も二癖もある大物同士の間に波風が立たないはずもなく……。

本書は二人が交わした多くの書簡をはじめとする膨大な資料をもとに描かれているため、歴史年表を読まされているような感じの部分もなくはないが、登場人物の言動が生き生きと描かれており、またタイトルでもわかるように語り口が軽妙なので、非常に愉快な読み物となっている。
特に興味深いのは当時の上流人士たちの奔放な結婚観・恋愛観と、ヴォルテールの貪欲とも見える金銭感覚。ヴォルテールは若い頃から様々な手段を講じて蓄財に励んでおり、損害を蒙りそうなときは訴訟を起こすことまでして財産を守り、プロイセン王に対しても相応の年俸の支払いを要求している。それもこれも「自分が思うとおりに執筆するためには、経済的に自立していなければいけない」ということを、彼が早い時期から悟っていたからだという。
自由奔放な恋愛・結婚についてはヴォルテールの愛人だったエミリー・ド・シャトレの例がこの書に詳しい。数学者・物理学者・著述家で、女性科学者のパイオニアとされるこの女性は、18歳でシャトレ=ロモン侯爵と結婚したあと、夫公認でロベール・ド・ゲブリアン侯爵とつきあってすぐ別れ、次はピエール・ド・ヴァンセンヌ伯爵と短期間つきあい、それからリシュリュー公爵の愛人となり、ヴォルテールと出会ってリシュリュー公爵との関係を解消。彼女がヴォルテールの愛人となったのは26歳の時で、この関係も夫の公認だったという。これでおしまいと思いきや、彼女は41歳の時にまた愛人を作って、その愛人ランベール侯爵の子を身ごもり、出産の一週間後に世を去る。
驚くべきは彼女が夫との間に二人の子をもうけているばかりか、夫の勧めで勉学を続け、物理の実験をしたり、論文を書いたり、『物理学概説』『幸福論序説』などを著述し、ニュートンの『プリンキピア』などの翻訳もしていることだ。彼女と対等に話せるのはヴォルテールだけで、彼はエミリーを「神のような恋人」と呼んだという。ヴォルテールという巨人の傍らにはこんな女巨人もいたのだ。ただし、エミリーの死後間もなくヴォルテールは新しい愛人を作っている。
さらにおもしろいのは、ヴォルテールを招いたフリードリヒがエミリーの来訪は拒否していること。このエピソードからは妻のエリーザベトもそばに寄せ付けなかったというフリードリヒの人物像も見えてくる。(2015.9.19読了)
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by nishinayuu | 2016-01-02 07:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-01-03 01:01 x
政略結婚の苦しさから男女とも自由になるということが伝統的にフランスの上流階級にはあるのでしょうか。偽善を廃して、人間の本性に従うというのもルネッサンス以降の思想によるものなのか。興味深いですね。
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