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『七人目の陪審員』(フランシス・ディドロ、訳=松井百合子、論創社)

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『Le Septième Juré』(Francis Didelot)


本書の第1章は次のような文で始まる。

これが自分の手なのか?……まさか、信じられない!……。指が絡まり合ってひとつになった獣のような両手を、彼は半狂乱で見つめた。何がどうなっているのだ、こんなことがあってたまるか……。(中略)女は横たわったまま身動きしない。全く動かない。青い蠅が女の唇のそばで飛んでいる。踏みにじられた足元の芝。川面からは水をかけ合う音や、楽しそうに笑う声が響いてくる。今日は輝く太陽と希望にあふれた穏やかな日曜日のはずなのだ。蠅は女の唇の端にとまった。女はぴくりともしない。

魅力的で奔放な若い娘ローラ・ノルティエを殺害した犯人が、自分のしでかしたことに驚愕している場面だ。続いて主人公のグレゴワール・デュバルが登場。フランスの地方都市にある薬局の主で、店の看板商品〈デュバリンヌ〉の開発者でもある彼は、その親切で思いやりのある人柄によって街の人々の尊敬を集めている。店の会計を担当する妻ジュヌビエーブと三人の子ども――店を手伝う長女のナタリー、バカロレアを受験中の長男ローラン、15歳のポーリンヌ――という家族に囲まれ、毎晩酒場でブロット(トランプゲーム)をする仲間もいる。そのグレゴワールが実はローラ殺しの犯人だったことが第2章で明らかにされる。すなわち、食べ過ぎと酔いでもうろうとしていたグレゴワールは、全裸で水浴びをしているローラの姿を見かけて、つい「のぞき見」してしまったのだ。それに気づいたローラが叫び声を上げようとしたので、グレゴワールは女の首に巻き付いた手で、スキャンダルを裂けるという崇高な使命を全うしたのだ。グレゴワール・デュバルたるものがのぞき魔などであってはならないからだ。
この街で殺人が!と街は大騒ぎになるが、犯人はすぐに捕まる。ローラと遊び回っていたアラン・ソートラルというよそ者のチンピラだ。すると今度は、裁判はぜひこの街で、と人々は興奮する。けれどもグレゴワールは、犯人はソートラルではない、となんとか人々に知らせようとする。なぜなら自分が「真犯人」を知っているからだ。彼の努力にもかかわらず、人々はソートラルが真犯人であることを露ほども疑わない。そのうちグレゴワールは自分が陪審員の候補者名簿に入っていることを知る。真犯人の自分が、罪もない人間を断罪する立場に立つことだけはなんとしても避けたい、とグレゴワールの必死の画策が始まる。
ところで、グレゴワールの心には一度も自首という言葉は浮かばない。彼の頭にあるのは、それがたとえ寄生虫のような青年でも、無実の人間を助けたいという一心だけだった。真犯人はどこかにいて、ソートラルではない、それだけのことだ。そんな論理で突き進むグレゴワールが、家族、街の人々、裁判関係者と被告人を巻き込んで繰り広げる奇想天外な物語である。(2015.7.20読了)
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by nishinayuu | 2015-11-19 17:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2015-11-20 22:18 x
アイディアは奇抜ですね。
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