『終わりの感覚』(ジュリアン・バーンズ、訳=土屋政雄、新潮クレストブックス)

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『The Sense of an Ending』(Julian Barnes, 2011)
今は引退して穏やかに暮らしている語り手が「学校時代のことにはあまり関心がない」と言いながら学校時代の出来事が残した印象を語り始める。すべては学校で始まったことだから、と。
語り手のトニーと友人のコリン、アレックスは三人組を形成していたが、実人生へ逃げ出す算段をする時期になって転校してきたエイドリアン・フィンが加わり、四人組になった。生徒より教師の興味を引いた秀才のエイドリアンは、たちまち四人組の中心人物となり、他の三人はそれぞれエイドリアンの一番の友になるべく互いに牽制し合った。ただし、エイドリアンは四人組への仲間入りをとくに望む風でもなかった。
やがて四人は高校を終え、生涯の友情を誓い合ってそれぞれの道に進んだ。エイドリアンは大方の予想通り奨学金を得てケンブリッジに入学し、私はブリストル大、コリンはサセックス大に進んで、アレックスは家業を継いだ。そしてもとの三人の間では手紙のやりとりが減っていき、相対的にエイドリアンとの文通が増えた。三人とも自分こそがいちばんエイドリアンと親しいと思っていたし、それぞれ新しい友達ができても、エイドリアンだけは昔のままで、自分たち三人に頼っていると思い込んでいた。それは自分たちのほうが彼に頼っていることの裏返しだったろうか。
その後私にはベロニカという恋人ができ、家に招かれるところまで入ったが、その先には進展せずに別れてしまった。やがて最終学年の半ばにさしかかった頃、エイドリアンから「ベロニカとのつきあいを許してほしい」という手紙が来た。四人組が集まったときにベロニカを紹介したことはあったが、そしてベロニカは兄と同じケンブリッジに通うエイドリアンに興味を持ったようだったが、エイドリアンは別に関心を抱かなかったようなのに。私は一晩かけてエイドリアンに手紙を書き、エイドリアンとはもう会うまい、と心を決めた。それでエイドリアンとの縁もベロニカとの縁もなくなったはずだった。
c0077412_1144468.jpgそんな私の許に、弁護士から手紙が届く。あなた宛にある女性が500ポンドと一冊の日記帳を遺している、と。日記帳はエイドリアンの遺品で、ある女性というのはベロニカの母親だった。ベロニカとつきあっていたとき一度家に招かれたことがあったが、そのとき私のためにベーコンエッグを作ろうとして卵の黄身を破裂させてしまい、あらためてぽんと卵を割って焼き直してくれた人。「ベロニカに好き放題させてはだめよ」と諭してくれた人。その人がどうしてエイドリアンの日記を持っていたのだろうか。どうしてそれを私に遺したのだろうか。私はあらためて記憶を辿り始める。(2015.6.28読了)
☆画像は語り手が40年ぶりにベロニカと会うことになったMillenium Bridgeで、通称「ぐらぐら橋」。2000年に開通したが大勢の人が押しかけてひどく揺れたため2日で閉鎖されたという。すぐに改修されたが通称だけは残ってしまったらしい。
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by nishinayuu | 2015-10-30 14:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2015-11-03 16:15 x
古きよき時代のイギリスを感じさせる雰囲気がありますね。おもしろそう!
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