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『チボー家の人々 11』(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)

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『Les Thibault11- L’Été 1914 Ⅳ』(Martin du Gard)
この巻には1914年8月1日(土曜日)から8月10日(月曜日)までの出来事が綴られている。


8が月1日の4時半、ガール・デュ・ノールに歩いて行こうとしていたジャックとジェンニーがマドレーヌ広場でに出た時、「突然耳を聾するようなざわめきがあたりを圧した。聖堂の大きな鐘の音が、同じ調子の、はっきりした、うなりのある、大きなおごそかな単音で鳴りわたっていた。」総動員令が発令されたのだ。ジャックはアントワーヌのもとへ、議会へ、ユマニテ社へとジェンニーの手を引いて駆け回る。その間にジャックが見たのは、動員を前にした社会主義者たちの態度の豹変だった。戦争反対をいちばん猛烈に叫んでいた連中が、いまやもっとも熱心にそれをやるために出かけて行こうとしていた。ただ一人ジャックに共感を示した同志ステファニーがジャックに告げる。ジョーレスが他国のある同志に「もし戦争が勃発したら、あくまでインターナショナルを守って欲しい」と言っていたと。そしてその夜、世界の均衡が破れてしまいでもしたようなその夜、同じ動揺と深い、そして純粋な同じ喜びに締め上げられて、ジャックとジェンニーは一夜をともにした。
8月2日、混乱のまっただ中にウイーンを発ち、三日三晩一睡もせずにやっと家にたどり着いたフォンタナン夫人は、抱き合って眠っているジャックとジェンニーを見て衝撃を受ける。しかし、外で気を静めるうちに、夫人の憤激と反発には運命を、また他人の責任を尊敬するところの感情が混じり始める。後刻、ジャックは動員令を受けて出発するアントワーヌを駅まで見送るために出かける。別れ際、「また会えるだろうか」という同じ思いに駆られて二人は思わず抱き合う。ジャックもまたジェンニーと一緒にジュネーヴに発つつもりだった。フランスから逃れて、インターナショナルのために自分の命をかける覚悟だった。母親の帰宅を知ったジェンニーから、今すぐの同行は無理だと告げられたとき、ジャックはこれで思いきり働ける、と思うのだった。
8月3日、ジャックはジュネーヴに行き、そこで抜け殻のようになっているメネストレルに会い、計画を打ち明ける。4日にはバーゼルに移動、アジビラの準備。そして10日、ジャックはメネストレルの操縦する飛行機でアルザスの空へ飛び立つ。

心を一つにして闘っているはずだった同志たちの豹変と裏切りに呆然としながらも、新たな使命感に燃えてアルザスの空に飛び立ったジャックだったが、その計画は実行に移す前に粉々に砕け散る。そんな過酷な精神的打撃を受けたジャックに、作者はさらに過酷な運命を与えている。利己的な動機でジャックと同道したメネストレルには速やかな死を与えておきながら、作者はなぜ、純真な(哀れなほどに純真な)ジャックに対しては瀕死の状態のままその死を長引かせたのだろうか。ジャックに戦場の悲惨さを目撃させ、それを語らせるために、作者はジャックを担架に乗せて強引に戦場を引き回したのだろうか。人間らしい感情を持った一人の兵士を担架に付き添わせたのが、作者のジャックへの最後の思いやりだったのかも知れない。(2015.8.17読了)
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by nishinayuu | 2015-10-10 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2015-10-11 16:36 x
反戦に命をかける青年がいたということが、すごく新鮮な驚きでした。フランスはわからないけれど、ロシアやドイツでは前線でも反戦活動は隠密裏に行われていたのでしょう。ジャックのような人はいたんですよね。実際に。
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