『私の文化遺産踏査記 日本編2』(兪弘濬著、創批)

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『나의 문화유산답사기 일본편2』(유홍준, 창비、2013)

『日本編1』で九州を取り上げた著者はこの巻で飛鳥と奈良を取り上げるにあたり、前書きで大略次のように述べている。

飛鳥に行けば我が国の扶余が思い浮かび、奈良の古い寺を見れば慶州が連想される。見るべきものも多く、物語も多く、文化遺産の一つ一つが宝石のように輝いている。第1部は「近つ飛鳥」から法隆寺まで踏査したものだ。5世紀に伽耶から渡っていった渡来人たちが日本に鉄と馬、そして伽耶土器文化を伝えたことは「近つ飛鳥」に確然と残っており、6世紀に百済から渡った渡来人の名残は飛鳥にありありと立ちこめている。百済王室との交流を通じて仏教と文字を取り込み、ついには律令国家への道を歩んだ過程を石舞台、橘寺、飛鳥寺に如実に見いだすことができる。
第2部は奈良の代表的寺刹を集中的に扱うとともに周辺の文化遺産も包括的に紹介した。710年の平城京遷都によって始まった奈良時代は日本古代文化の頂点だった。薬師寺の東塔、興福寺の仏像彫刻、東大寺の大仏、唐招提寺の肖像彫刻は日本古代国家の爛熟と栄光を誇っている。この時期になると日本は韓半島の影響から抜け出して唐の文化に直接接し、より国際的な文化へと乗り出す。8世紀、東アジアにはやっと平和の時代がやって来た。唐の玄宗時代の盛唐文化、統一新羅の景徳王時代の古典文化、渤海の文王時代に迎えた海東盛国、そして日本の奈良時代の天平文化がこの時期にできあがった。唐・新羅・渤海・日本のすべてが参与することによって、ヨーロッパが中世社会に向かう暗黒時代にあった時に東アジア文化は豊かな内容を備えた全盛期を迎えた。奈良の文化遺産はこのように東アジアの歴史全体の視点から見る時、その意義がいっそう深まる。

各章のタイトルは以下の通り。
「近つ飛鳥」―百済人、伽耶人の移民開拓史/「高松塚古墳と石舞台」―渡来人神社に捧げる一本の椿/「橘寺と飛鳥寺」―飛鳥の原に百済の花が咲きました/「斑鳩の法隆寺」―私はここに長く留まらずにはいられなかった/「奈良の名勝と博物館」―我々の昔の姿をここで見ているわけだ/「興福寺」―廃仏毀釈も侵すことのできない美しさ/「東大寺」―東大寺に行くなら三月堂まで上りなされ/「薬師寺と唐招提寺」―東塔は歌い、彫刻像は息づく。
バスや貸し自転車を利用して精力的に飛び回り、韓半島との同質性を見つければ無邪気に喜び、異質性を見つければ驚いたり感じ入ったりする、実に素直で楽しい旅の記録である。そしてもちろん、美術史学者としての専門的解説や問題提起もある。飛鳥や奈良も、こうして韓国人の視点から観察、解説されると、あらためて新鮮な魅力を持って迫ってくる。(2014.8.15読了)
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by nishinayuu | 2014-12-09 10:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2014-12-09 22:54 x
つっこみどころ満載ですね。伽耶土器文化って何でしょう?渡来人の第1波である4世紀末から5世紀にかけて渡来した技術を持った人々は、楽浪・帯方郡の遺民が多く、百済に亡命してから日本に渡ってきたようですね。渡来人の有力氏族である秦氏や東漢氏は秦の始皇帝の子孫とか後漢の後裔とか名乗っていますから。鉄が日本に入ってきたのも弥生時代の初めですから5世紀ではありませんね。馬も在来種の馬があります。日本史の参考書に寄ればですが。
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