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『真夜中のパン屋さん』(大沼紀子著、ポプラ社)

c0077412_20591863.png物語は次のように始まる。

首都高と国道246が重なり合う、その街の夜はいつもほの明るい。首都高を照らす街灯の光が、街全体にぱらぱらこぼれるように広がって、本来あるべき夜の闇の濃度を薄めているせいかもしれない。世田谷通りと246に面する駅前には、深夜営業のファストフード店、居酒屋、カフェ、本屋、スーパーなどが建ち並んでいて、店からは淡い明かりがもれている。(中略)そのパン屋は、そんな駅前から少し離れた、住宅街の手前あたりにポツンとある。

「そのパン屋さん」を覗いてみたくなる、なかなか魅力的な書き出しだ。因みに「駅」は世田谷線の三軒茶屋であるが、この名前はなぜか明記されていない(ただし目次のページにはこの名を明記した地図がある)。パン屋さんの看板には「Boulangerie Kurebayashi」とあり、営業時間は、午後23時から午前29時だという。「パン屋クレバヤシ」とすれば誰にでもわかるものをわざわざフランス語で表記してあるのは、「おしゃれなパン屋さん」らしい雰囲気を出すためだろう、といちおう納得。けれども「午前29時」というのはいくらなんでも…。
各章のタイトルがパン作りの工程を表すフランス語になっているのも含めて、おしゃれなパン屋さんにかんするちょっと気取ったお話らしい、と思って読み進めると、意外な方向に話が進んでいく。おしゃれですてきなパン屋さんであることは間違いないが、そこに集まるのはいろいろな問題を抱えた人たちで、気取ったお話とはほど遠い世界が展開していくのだ。
主要人物は――暮林陽介(パン屋のオーナー。飄々とした人柄だが、自分では人の気持ちがようわからん、と思っている。)暮林美和子(陽介の妻。不慮の事故で死亡し、あとにパン屋を残す。)柳弘基(パン職人。思慕していた美和子のあとを追ってパリに行き、本格的にパン作りを学んできた。)篠崎希美(高校生。郭公のように他人に子どもを預ける癖のある母親についに捨てられ、パン屋に居候することになる。店の手伝いをするうちに店にはなくてはならない存在になっていく。)水野こだま(パン屋に入り浸りの小3の少年。家を出たまま戻らない母親を待ち続けている。)水野織絵(こだまの母親。精神的に問題を抱えている。)斑目裕也(オタクっぽい脚本家。弘基と意気投合してパン屋の常連客となる。空気の読める変態男。)ソフィア(ニューハーフ。もとオカマ・バーのホステス。賑やかで世話好き。)

極上の香りで人々を惹きつけ、極上の味で人々のお腹と心を温める、夜の街に現れたオアシスのようなパン屋さんを描いたこの作品は、ドラマ化されて、2013年4月にNHKのBSプレミアムで放送されたという。(2014.7.26読了)
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by nishinayuu | 2014-11-03 21:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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