『ラム氏のたくらみ』(キャリー・ブラウン著、堀内静子訳、早川書房)


c0077412_1118171.png『Lamb in Love』(Carrie Brown, 1999)
物語はイギリスのある小さな村、ハーズリーを舞台に繰り広げられる。主人公のラム氏は村の郵便局を一人で切り盛りする55歳の独り者。教会のオルガン奏者でもある。人類が初めて月に降り立った日の夜、ラム氏は初めて恋に陥る。相手は同じ村に住む41歳のヴィーダ。彼女は22歳のときからサウスエンド・ハウスという広大な屋敷に住み込んでいる。屋敷の主で建築家のトマス・ペリーに、生後すぐに母親を亡くした息子マンフォードのナニーとして雇われたのだ。知的障害があり、ことばを発することもできないマンフォードを、ヴィーダは20年の間つきっきりで世話をしてきた。そして人類が月に降り立った日、この歴史的瞬間を伝えるテレビ番組を何時間も見たあとヴィーダは、夜更けに庭に出て月光を浴びながら踊った。自分が生き生きしていることを感じ、月と自分を隔てるものがなにもない外に出て、「自分の肌にじかに世界を感じたかったし、自分の理想と、いずれそれを現実とすべく秘められた可能性との間を、何かで隔てたくなかった」のだ。ノリスもまたこの夜、それはたまたま彼の55歳の誕生日だったが、「人類の月面着陸が可能になった時代に自分が生きていることに――じっさい誕生日を祝っていることに――畏怖の念を覚え」本物の月が見たくて外に出た。ときどき空を見上げながら歩いているうちにいつの間にかサウスエンド・ハウスにやってきたノリスは、その荒れ果てた庭で、月光を浴びて踊る半裸の女性――ヴィーダを見たのだ。
それまで女性とは縁がなかったノリス氏の、不器用で、滑稽で、いじらしい「たくらみ」と、それによって新しい世界に踏み出すことになったヴィーダとマンフォードの姿が、味わいのある名作映画風に丁寧に、緻密に描かれていて、読後感もさわやかな作品である。(2014.7.12読了)
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by nishinayuu | 2014-10-22 11:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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