『ザ・シンギング』(シーロン・レインズ著、古屋美登里訳、講談社)


c0077412_10522768.jpg『The Singing』(Theron Raines, 1988)
物語の冒頭はコピーライターのメアリ・アリスがスピノザの言葉をもじってキャッチコピーをひねり出そうと四苦八苦している場面。時は五月、所はマンハッタンの五番街。25歳で、赤毛で、鼻の周り一面に散ったそばかすが魅力的な、はつらつとしたニューヨーカーのメアリ・アリスにこの日、待ちに待った恋が始まろうとしていた――と恋愛小説ふうの書き出しである。
スカートの腰のあたりの膨らみがちょっと気になるメアリ・アリスは、昼食を抜いて五番街を北に向かって颯爽と歩くことに決める。グッゲンハイム美術館まで歩いたところでふと中に入る気になり、ふくらはぎが伸びるように大股で歩いて最上階へ。その時天窓が割れてガラスがぱらぱらと雨のように降りかかる。メアリ・アリスが指の間からおそるおそる覗くと、銀色の円盤が美術館の屋根に乗っていて、そこから見たこともないような見事な赤毛の若い男が下りてきた。――と、なんとまあ古典的な宇宙人の登場である。そういえばメアリ・アリスはタイプライターで仕事をしていたことを思いだし、先に進む気力が萎える。それでも、「メアリ・アリスに、おまえはこの赤毛の男が好きになる、となにかが告げていた」とあるので、二人がどうなるのか、もう少し見てみたくもなる。
赤毛の男はフォレストといって、火星から地球に派遣された4人のうちの一人だった。地球人のメアリ・アリスと火星人のフォレストの恋愛は興味深い展開を見せるが、物語は次第に、人類とはなにか、人類はどんな歴史を辿ってきたか、という壮大な話になっていく。だからといって理屈っぽかったり退屈だったりということはなく、なんとも愉快なお話になっている。結論を言ってしまえば、人類の歴史のなかで大きな役割を果たしてきた人々は、火星に住む人々が地球人のために送ってきた赤毛の人たちとその遺伝子を受け継いだ人たちなのだという。言及されているのは例えば以下の面々であるが、当然のことながら髪の黒い人種は全くお呼びがない世界である。それがこの物語を、着想も展開もおもしろいけれど感動的とまではいかないものにしている。
赤毛の人たち――オデッセウス、メネラーオス、アキレス、ダビデ(聖書に「赤かった」と書かれている)、航海者エリック、コロンブス、エリザベス1世、ヴィヴァルディ(「赤い司祭」と呼ばれた)、ダ・ヴィンチ(自画像を赤チョークで書いている)、ユダ(キリストの過ちから文明を救おうとした彼は、絵画で見ると赤毛だった)、ワシントン、ジェファーソン、ゴッホなどなど。
(2014.6.25読了)

☆画像はグッゲンハイム美術館の天窓です。
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by nishinayuu | 2014-10-10 10:54 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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