『鏡の中の言葉』(ハンス・ベンマン著、平井吉夫訳、河出書房新社)

c0077412_1330119.jpg『Erwins Badezimmer』(Hans Bemmann, 1984)
この作品が上梓されたとき、ドイツの代表的な書評誌『ベルゼンブラット』(1985年4月26日)は次のように絶賛したという(訳者あとがきによる)。

…この書簡体小説は最高の意味において言語および文明批評のサイエンス・フィクション小説である……この本の内容は重層的であり、楽しく読めると同時に深遠な思索がこめられている。書簡の合間に著者は、言葉遊び、なぞなぞ、伝説、メルヘン、聖書やタルムードのパラフレーズをちりばめた――文字どおり言語の演戯、可能性の全面開花、それがこの本をSFのなかで比類のないものにしている。

原題の意味は「エルヴィンの浴室」。エルヴィンは主人公アルベルトの大学時代の友人で、自宅の浴室を秘密の図書館に改造し、言語粛正前の書物をマイクロフィルムに撮影して納めている。そして浴室の鏡がそれらの書物を読むためのマイクロリーダーとなっている。すなわちこの作品は、言語の多義性を否定して一義的言語によって国民を統制する架空の国家において、多義的言語によって語られた豊かな古い物語を掘り起こし、それを守っていこうとする人々の物語である。言語を扱った物語なので翻訳は非常に困難だったと思われるが、実にわかりやすく、不自然さもあまり感じられない訳になっている。ストーリー展開も魅力的で、読後感もさわやかな作品である。

主な登場人物は以下の通り。
アルベルト:国語学者。国の集中収容庫(国民の目に触れないように、言語粛清前の書物を集めて閉じ込めてある書庫)の職員。ふとしたことからこの国の言語の歴史に疑問を抱き始め、エルヴィンの同志になる。
エルヴィン:アルベルトの大学時代の友人。秘密の図書館を運営。
マックス伯父:エルヴィンの大叔父。山岳地帯の古い農家に、言語粛清の検閲から逃れた大量の書物を保管していた。
フランツ:アルベルトの行きつけのカフェのボーイ。エルヴィンの同志。
アメリー:小学校教師。言語監察局に目を付けられたため逃亡する。エルヴィンの同志。
パン屋の主人:アメリーの教え子の親。アメリーを支持したため「川向こう」に追放される。
ラケル:医学博士。アルベルトの足の捻挫を治療したことからアルベルトと知り合い、やがて手紙をやりとりするようになる。エルヴィンの同志。
(2014.5.6読了)

☆「川向こうのコロニー」という設定は、1966年に制作された映画『華氏451』(原作はレイ・ブラッドベリの小説、1953)の場合とよく似ていてびっくり。
[PR]
by nishinayuu | 2014-08-19 13:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
トラックバックURL : http://nishina.exblog.jp/tb/22492464
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by マリーゴールド at 2014-08-22 20:23 x
言論統制社会、独裁体制とかスターリン体制化のソ連や東欧への暗喩ですね。ドイツはナチス時代や東ドイツ時代を経験しているので、言論統制をテーマにした小説が生まれてくるんですね。日本ではあまりそういったテーマの小説は生まれないですね。
<< 『しずかに流れるみどりの川』(... 映画鑑賞ノート18 (2014... >>