『ナチと理髪師』(エドガー・ヒルゼンラート著、森田明-訳、文芸社)


c0077412_2282796.jpg『Der Nazi & Der Friseur』(Edgar Hilsenrath , 1971)
物語の語り手は1907年の5月、シレジア州ヴィースハレ市に生まれたマックス・シュルツという「生粋アーリア人種」の男。母親はユダヤ人毛皮商の女中、父親ははっきりしないが母親がつきあっていた肉屋・錠前屋・左官手伝い・御者・下男のうちの一人で、母親を含めて6人とも家系を念入りに調べた結果アーリア人であることが証明されているという。マックスが生まれたあと、母親はポーランド人の理髪師・スラヴィツキと暮らし始める。スラヴィツキの「みじめ」な理髪店の真向かいにはユダヤ人が経営するしゃれた理容サロン「社交界の紳士」があった。オーナーの理髪師は「トラ刈りを作らない調髪法」という著書もあるハイム・フィンケルシュタイン。マックスが生まれた同じ日のほぼ同時刻に、このフィルケンシュタイン家にもイツィヒという男の子が誕生する。
「みじめな理髪店」の息子は「おしゃれな理髪サロン」の息子と仲良しになって同じ学校に通ったが、学友たちは間違えてマックスをイツィヒと呼び、イツィヒをマックスと呼ぶことがあった。マックスは黒髪で、両目は蛙のように飛び出ていて、わし鼻。イツィヒは金髪で目は青く、鼻筋はまっすぐだった。生粋のアーリア人であるマックスのほうが、ドイツ人が思い描く典型的ユダヤ人の容貌をしていたのだ。やがて17歳で学業を切り上げた二人は、一緒にハイム・フィンケルシュタインのもとで修業し、理容師として順調なスタートを切るのだが……。

容貌にも家庭環境にも恵まれなかったマックス。優れた友人とその父親のおかげで一通りの学識と理容師の技能を身につけたマックス。その彼がナチスの親衛隊員としてユダヤ人を追放し、殺す側の人間となったいきさつやその後の数奇な人生行路を、とぼけたようなふてぶてしい口調で語っていく不気味さ。その不気味さは、あるいは劣悪な家庭環境を与えられた人間ゆえの異常さのように見えるかもしれない。しかし読み進むうちに、マックスは別に異常な人間ではなく、ごく一般的などこにでもいるような人間であることが見えてくる。誰もがマックスになり得る、という事実を読者に突きつける衝撃的な作品である。

☆この作品の読み方については「訳者の蛇足」に懇切丁寧な解説があります。ふつうは「訳者あとがき」とすべきところを「蛇足」としたところに、むしろ訳者の自負を感じましたが、見当外れでしょうか。(2014.3.8読了)
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by nishinayuu | 2014-06-04 22:07 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2014-06-06 10:50 x
40年以上前の作品ですね。ユダヤ人虐殺・迫害についてドイツ人が書いた小説ですね。読んで見たい一冊です。
Commented by nishinayuu at 2014-06-08 10:55
マリーゴールドさん、この本は手許にありますのでお貸しできますよ。
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