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『イーサン・フローム』(イーディス・ウォートン著、宮本陽吉・他訳、荒地出版社)


c0077412_1372367.jpg『Ethan Frome』(Edith Wharton, 1911)
長編小説『The Age of Innocence』などで知られる著者による短編に近い中編小説。舞台はマサチューセッツの寒村、登場するのは寡黙で口下手な人びとである。
主人公のイーサン・フロームは病気になった父親に呼ばれて村に戻り、父の死後は母親の看病をした。母親が死んだとき、寂しさに耐えられずに母の看護に来ていた7歳年上のズィーナを引き留めて妻としたが、その妻はいつの間にか村いちばんの病気持ちになっていて、イーサンを苦しめるのが生きがいのようになっていた。そこへ妻の親戚の娘マティーがやって来た。身寄りのないマティーを呼び寄せたのは妻で、自分の世話と家事をさせるためだった。若くて明るい娘の登場はイーサンの気持ちを明るくしたが、ズィーナはそれが気に入らなかったのか、別の女中を雇うことにして、マティーを追い出しにかかる。このことがイーサンとマティーを急速に近づけることになったが、それは希望のない恋だった。ついにマティーが家を出る日、マティーを駅まで送ることにしたイーサンは、その途中でマティーを橇遊びに誘う。そして橇滑りに興じている最中に、イーサンはこの土地から、妻のズィーナから二人で逃げ出す方法を思いついて……。

冒頭に語り手の見たイーサンの姿が次のように描写されている。

その顔には寒々とした近づきがたい何かがあった。動作がひどく強張っていたし、白髪が混じっていたので、老人だとばかり思っていたが、まだ52歳と聞いて驚いてしまった。24年前の衝突事故のせいで、額には赤い大きな傷跡ができたばかりでなく、右脇が短くなり歪んでしまって、四輪馬車から郵便局の窓口まで数歩を歩くのにも、目に見えて辛そうだった。

イーサンとマティーの恋物語が展開する中間部は、最後に事故が待ち受けていることが予想されるため、読んでいて苦しくなる。しかもここぞクライマックスというほどの盛り上がりを見せる部分が実は真のクライマックスではなく、最後に再び語り手が登場して、ふとしたきっかけで立ち寄ったイーサン・フロームの家で目撃したことを語る衝撃的なクライマックスが控えている。
「気のきいたやつはたいてい逃げ出す」寡黙で憂鬱なニューイングランドという土地に踏みとどまるしかなかったイーサン・フローム。土地の風景に溶け込んで「屈託のない力強い表情」をみせて生きるイーサン・フローム。忘れがたい人物、忘れがたい作品である。
☆この作品は映画化され、『哀愁のメモワール』という邦題で1996年に公開されているという。原作の雰囲気にそぐわない、何ともひどい邦題である。(2013.11.9読了)
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by nishinayuu | 2014-02-08 13:07 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2014-02-09 13:37 x
小説の醍醐味はその土地の風土がわかることですね。おもしろそう。
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