『コウモリの見た夢』(モーシン・ハミッド著、川上純子訳、武田ランダムハウス)


c0077412_15565183.jpg『The Reluctant Fundamentalist』(Mohsin Hamid, 2007)
「失礼します、何かお手伝いいたしましょうか?あ、僕を警戒されていますね。鬚を生やしているからといって恐がらないでください。僕はアメリカが大好きな人間ですから。」
ラホールの旧市街アナールカリで、何かを探している様子のアメリカ人の男に「僕」が話しかける場面から物語は始まる。「僕」の名はチャンゲース。18歳で渡米し、奨学金を得てプリンストン大学を最優等で卒業した後、超一流コンサルティング会社の入社試験も突破してニューヨークへ。卒業旅行で知りあったエリカという恋人もあり、会社では同期のトップとして将来を嘱望されるようになったチャンゲースは、気持ちの上ではすっかりニューヨーカーだった。しかし彼の人生は2001年9月11日の同時多発テロによって一変する。アメリカに、ニューヨークに溶け込んでいたはずの彼が人びとには異質のものとして映っていることに、そして彼自身も自分が異質のものであることに気づく。それまでは前を向いていたはずのアメリカが、9/11を境にして後ろを向く決意をして危険なノスタルジーにのめり込んでいったのだ。チャンゲースは9/11以降も相変わらず彼に期待を寄せてくれていた会社を辞めてパキスタンに戻る。その年の夏、パキスタンではインドとの戦争の脅威が最高潮に達していた。ここでチャンゲースは思い至る。テロリズムを「兵士の制服を着ていない殺戮者による組織的かつ政治的な動機を持った殺戮」と定義しているアメリカが、人類にとって唯一の最重要課題として対テロ戦争を行おうとしているとき、そうした殺戮者が暮らす国に住むぼくたちの命には巻き添えで死ぬ以上の価値がないということになる、と。大学講師の仕事を得たチャンゲースは今、アメリカから自分たちの国を引き離すための活動を自分の使命としているという。
このようにチャンゲースはアメリカ人だった自分の物語をアメリカ人の男を相手に語っていく。相手の男の台詞は一言も書かれていない。男がチャンゲースを警戒し、喫茶店やレストランに案内されてもいっこうに打ち解けず、かえって不信感を増していく様子が、チャンゲースが男に問いかける言葉から伝わってくるだけだ。コウモリの飛び交うアナールカリの夜が更けていくにつれて、チャンゲースと男の間の緊張はしだいに高まっていく。

『平家物語』や『風と共に去りぬ』には勝者の「正義」に押しつぶされた側の思いがあふれている。同様にこの作品からは対テロ戦争に邁進するアメリカの「正義」の陰で苦悩する者の思いが切々と伝わってくる。(2013.10.14読了)
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by nishinayuu | 2013-12-30 15:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2014-01-01 18:45 x
英語で小説を書けるということは、マイノリティ言語の作家にとっては大変な福音ですね。
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