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『スペインのある農夫へのレクイエム』(ラモン・センデール著、浜田滋郎訳・解説、西和書林)


c0077412_905287.jpg『Requiem por un Campesino Español』(Ramon Sender, 1953)
本作品は1951年にメキシコで初版が『モセン・ミリャン』というタイトルで出され、1974年になってようやく本国スペインでも出版され、現在まで、スペイン内戦にちなむ小説の中で最も多く読まれるもののひとつになっているという。作者は20世紀初頭にスペイン東北部のアラゴン地方に生まれ、スペイン内戦の際は共和政府側について戦ったが、1938年にパリに亡命し、グアテマラ、メキシコを経てアメリカに渡り、1982年に亡命先のカリフォルニアで他界している。
物語は司祭のモセン・ミリャンが肘掛け椅子に座り、聖衣の上に両手を組み合わせて祈りながら物思いに耽っている場面から始まる。モセン・ミリャンの思いは村の方にさまよっていき、故人のためのレクイエムに故人の縁者たちがやってきたか、と何度も侍祭童に尋ねる。しかし、教会には誰も現れない。モセン・ミリャンは故人・粉屋のパコに洗礼を授けた日のことを思い出す。冷たい、こがね色の朝だった。教会の鐘はノエス・ネーナ、ケス・ネン、ノエス・ネーナ、ケス・ネン(女の子じゃない、男だよ。女の子じゃない、男だよ)と鳴っていた。その日の宴には大勢の村人が招かれていた。産婆兼まじない師のラ・ヘロニマはにぎやかな笑い声を立てていた。テーブルの一端には子どもの父親がいた。もう一方の端に司祭を誘いながら子どもの祖母が「こちらにはもう一人の父親、モセン・ミリャンじゃ」と言った。その通りだった。子どもはまずこの世に生まれ、次に教会に生まれたのであり、二度目に生まれた際の父親は教区の司祭であるモセン・ミリャンなのだ。後でソース漬けのウズラが出てくるとわかっていたので、司祭は少ししか食べないでおいたのだった。30年経った今、着替えをすませ、鐘の音を聞きながら司祭は、侍祭童を見た。彼はパコのロマンセ(物語り唄)を思い出そうとしていた。パコが死んだ後で人びとが作ったロマンセのところどころを知っていた。「あそこ行くのは粉ひきパコよ/もはや死罪を宣告されて/はては墓場へ行きつく道を/命はかなみ泣き泣きあるく/(……)/やがて行く手は土塀の前で/一声、「止まれ」と隊長言った(……)」。けれども侍祭童は知っていた。パコは泣いてなんかいなかったことを。あの日、モセン・ミリャンが死んだ人の足に塗るための聖油を入れた袋を、侍祭童が手に持っていたのだから。

この作品は、貧しい人びとの側に立って真っ直ぐに生きたパコの清々しくも哀れな生涯を語ると同時に、そのパコの誕生に立ち会い、成長を見守り、死に立ち会うことになった司祭モセン・ミリャンの苦渋も浮き彫りにする。事実の重みと構成の巧みさで読ませる、心に深くしみる作品である。なお、訳者による膨大な解説も作品そのものに劣らない、迫力のある読み物となっている。(2013.9.22読了)
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by nishinayuu | 2013-12-06 09:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-12-10 11:20 x
ロマンセっていいですね。その人の生涯を歌で悼むのは。以前見た「マルティーク島の少年」という映画では歌に踊りがついて悼んでいました。重量感のある本のようで、読んでみたいです。
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