『アントーノフカ』(イワン・アレクセーヴィチ・ブーニン著、町田清朗訳、長浜友子絵、未知谷)


c0077412_16134111.jpg『АНТОНОВКА』(Иван Алексеевич Бунин )
アントーノフカはアントーノフ種のリンゴの愛称。120グラム~150グラムの黄色いリンゴで、芳香が強い。耐寒性があって、ロシアの秋を象徴する果物である。日本では戦後一時、長野県で「鳳」の名で栽培されたという記録があるが、現在は北海道、岩手、青森の試験場でのみ保存栽培されている(本書の表紙裏の説明による)。
この作品は、1870年にモスクワの南、ボロネジに零落した領主貴族の息子として産まれた著者が、革命前夜の混乱の中で滅んでいく「ウサージバ」へのレクイエムとして捧げたもので、初版は1900年に「アントーノフ種のリンゴ」という題で出版されている。「ウサージバ」とは領主の屋敷、庭園、菜園、畑地などの有形物、およびそこから醸し出される無形の文化的産物のすべてを含んだ概念である。「ウサージバ」はプーシキン、ツルゲーネフ、チェーホフ、トルストイらの諸作品において大きな位置を占めている文化であり、領主貴族たちがさまざまな社会活動を繰り広げた場でもあった。しかし、ウサージバは貴族性、農奴制とともに発達したものだったため、農奴解放の負の面によってひきおこされた農民と農地の荒廃によって衰退していった。
さまざまな香り(アントーノフカの香り、落ち葉の香り、藁や籾殻の匂い、枯れ枝を燃やす煙の匂い、蜜と涼しい秋の香りなど)と、さまざまな音(鶏の鳴き声、かさかさという木の葉の音、アコーデオン・ギター・クラビコードなどの音、話し声、歌声、荷車のきしる音、汽車の車輪の轟音、教会の鐘の音、狩猟の銃声、ボルゾイ犬の吠える声など)、そしてさまざまな色彩(ナナカマドの実のサンゴ色、北斗七星や天の川の輝き、朝靄のライラック色、収穫した穀物の黄金色、秋蒔き麦の緑色、革表紙の本の背にある金文字、畑を覆う白い雪など)があふれていたウサージバ。これは、その二度とは立ち帰れない場所と時を懐かしむスケッチ集といった趣の作品である。随所に挿入されている長浜友子の絵も、作品の雰囲気によくマッチしていて素晴らしい。各ページの下1/3のスペースを注に当ててあるのも、このように注がたくさん必要な作品にふさわしい作りである。(2013.9.21読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-12-03 16:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
トラックバックURL : http://nishina.exblog.jp/tb/21037949
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by マリーゴールド at 2013-12-05 11:12 x
田園風景に彩られた懐かしい思い出が確固としてあるのは羨ましい。それが今は失われていても。
<< 『スペインのある農夫へのレクイ... 『リュヴェルスの少女時代』(ヴ... >>