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『イギリスのある女中の生涯』(シルヴィア・マーロウ著、徳岡孝夫訳、草思社)

c0077412_18342338.jpg『Winifred :A Wiltshire Working Girl』(Sylvia Marlow,1991)
本書は20世紀初頭に南イングランドのソールズベリー平原で羊飼いの娘として生まれた女性の生涯を、本人からの聞き書きを基にして綴った物語である。作者によると主人公のウイニフレッドは、14歳ではじめて女中に出たときのことも年月日まで覚えていたほどの記憶力の持ち主だったが、いつ誰が何をしたか、あるいはされたかという話ばかりで、そのときどう思ったか、何を感じたかという話はほとんどなかったという。ウイニフレッドはしばしば「そうだったのだから仕方がない」と言ったという。黙って耐えるのが当たり前の、情緒的装飾のきわめて少ない人生だった。それでもウイニフレッドは、母親から「仕事には向かない娘」と評されたことからも推察できるように、お屋敷の養女になり損なったことを悔しがり、ピアノを弾くことに憧れ、世の中の仕組みを知りたい、歴史を勉強したいと思うような少女だった。そうした前進への意欲と闘志が生涯を通じて彼女を支えたのだった。
第1章ではお屋敷に雇われていた一家の暮らしが語られる。牛飼いのチーフだった父親の収入は週給わずか10シリング。母親は大勢の子どもを産み育てながら、牛の乳搾りをはじめありとあらゆる仕事をこなした。ウイニフレッドはこの両親の12番目の子どもで、上の姉たちは13、4歳で家を出て女中をしていた。激しい労働を厭わず、鉄の意志を持った正しい人である母親は、ウイニフレッドと弟のテッドのことも厳しく育てた。やがて厳しい世の荒波をかぶる子どもたちに正しい生き方、ひたすら働くことの大切さを教え、職をくれるお金持ちを敬うこと、他人を羨まないこと、よくお祈りすること、と説いた。
第2章は農場の仕事と学校の話。ウイニフレッドは好奇心旺盛で、馬の皮剥も観察したし、郵便屋さんが公開絞首刑の話を母にしたときはそばで聞いていた。学校の成績は取り立てて言うほどではなかったが、読書は大好きだった(聞き書きの当時も読書を続けていた)。1冊読むとレポートを書くことになっていて、1910年のテーマはジョージ5世の即位式、1912年のテーマは南極探検のスコットだった。学校では特別待遇される子どもたちがいて、特別の授業を受けていた。ウイニフレッドが社会の不公平に目覚めた最初の経験だった。
第3章でウイニフレッドが恐れていた女中の生活がいよいよ始まる。1913年、14歳のときだった。女中の制服ひとそろい(6ポンド)を持参。給金は週1シリングだった。きつい生活だったが、家事全般、家の運営などについていろいろ学べた。女中仲間のミリーという友人もできたし、馬番の甥でハンサムなフレッドから好意を寄せられる、というできごともあった。第1次大戦が始まり、彼は志願して戦地へ。
第4章でウイニフレッドはミリーに誘われて新しい奉公先に行く。前のお屋敷とは万事流儀が違っていて家庭的だったが、厳しいのは同じで、身分の違いもはっきりしていた。子どもたちがフランス語のレッスンを受ける時に同席していたので、「ベルギー女が英国の兵隊さんを侮辱すれば、フランス語でやり返すくらいの会話力はつきましたね」とウイニフレッドは言う。女中ではない友達もでき、彼女の知り合いでオーストラリア人のロンと惹かれ合うようになる。しかしウイニフレッドの母親は兵隊嫌いであり、ウイニフレッドもまだ21歳という若さのために躊躇っているうちにロンは戦死してしまう。やがて戦争も終わり、ウイニフレッドは1923年に結婚して女中の帽子とエプロンを火にくべたのだった。(2013.9.4読了)
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by nishinayuu | 2013-11-15 18:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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