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『証人たち』(ジョルジュ・シムノン著、野口雄司訳、河出書房新社)


c0077412_13531599.jpg『Les Témoins』(Georges Simenon,1955)
本書は重罪裁判所の判事グザヴィエ・ローモンを主人公とし、彼が裁判長として担当する殺人事件公判の一部始終を描いたものである。
ローモンは重罪裁判の前日には一件記録に必ずもう一度目を通す。一日中体調が悪かったその晩も、彼はその「仕事」に取りかかったのだが、妻のローランスが苦しそうなため息をついたため、集中できなくなる。妻は5年前のある出来事がきっかけでベッドから起きられなくなり、ときどき「発作」を興してローモンの反応を見るのだ。案の定ため息に続いて発作が起きた。いつもの薬は切れている。夕方ちょっとした諍いがあったときに彼が薬の入った瓶を落として割ってしまったのだ。そのときに薬局に行っておけばよかったのに、仕事のことが気になっていた彼はそれをしなかった。今ローランスはその償いを彼にさせようとしているのだ。こうして夜中の12時40分、彼はフォンターヌ薬局へ走った。薬局は閉まっており、夜間呼び出し用の呼び鈴にも反応がなかった。そこで近くにあるバーに行って、そこから薬局に電話した。そのバーを出たところでカップルとぶつかりそうになった。フリッサール判事夫妻だったが、二人は挨拶もせずに行ってしまった。薬を調合してもらい、ローランスに薬を飲ませてから就寝。寝る前にアスピリンとグロッグを飲もうと思っていたのだが、忘れてしまった。翌朝、体調はますます悪く、インフルエンザに罹っていることを確信した。胸のモヤモヤをすっきりさせるようと、昨夜飲み損なったグロッグの代わりにコニャックをグラスに一杯飲んだ。
いよいよ裁判が始まる。2~300人の傍聴人が待ち受ける法廷に判事、検察官、弁護人が入廷する。陪審員が任命され、被告人の身元確認が行われたあと、被告への尋問が始まる。妻殺しの容疑で起訴された被告のデュードネ・ランベールは逮捕されたときから一貫して無罪を主張しており、審議中もその主張は揺るがない。公判関係者はほぼ全員、被告が犯人であると考えていた。弁護人さえ、情状酌量による罪の軽減を狙って、被告に罪を認めることを勧めていた。一方ローモンは審議を進めながら熱っぽい頭の中で、被告と自分を重ね合わせてみる。そうすると人びとの目に自分はいかに疑わしく見えることか。ローモンが妻殺しの疑いで被告席に坐ることになった場合、検事のアルムミューは彼が長い間妻にひどい生活を強いられていたと、判事のフリッサールは彼が夜中にいかがわしいバーから出てきたところを目撃したと、書記のランディスは彼が朝もまだ匂いが抜けないほど酒を飲んでいたと、フォンターヌは先週調剤したばかりの薬を彼がまた取りに来たと、しかも彼はその薬が量を誤れば死に至ることを知っていたと、それぞれ証言するだろう。法廷に次々に呼び込まれる証人たちの証言を聞きながら、ローモンの疑問はいよいよ深まっていく。被告については書面を通じてしか知らない公判関係者たち、そして法廷ではじめて被告についての証言を聞かされる陪審員たち。はたしてこれらの人びとに被告が有罪か否かの正しい判断ができるものだろうか。

重罪裁判に関わった大勢の登場人物たちをそこに到るまでの人生を含めて克明に描き出しつつ、人が人を理解することがいかに難しいかを示した説得力のある作品である。(2013.8.29読了)
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by nishinayuu | 2013-11-12 13:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-11-15 11:52 x
50年以上前の作品ですね。日本でも裁判員制度が始まって、普通の人にも裁くという重責が負わされるようになりました。プロでもむずかしいのに素人には本当に大変ですね。読んでみたいです。
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