『女が嘘をつくとき』(リュドミラ・ウリツカヤ著、沼野恭子訳、新潮クレストブックス)
2013年 11月 06日
『Сквозная линия』(Людмила Улицкая,2004)
6編からなる連作短編集。冒頭に、次のようなことばがある。
女のたわいない嘘と男の大がかりな虚言とを同列に並べて考えることは、果たしてできるだろうか。男たちは太古の昔からはかりごとめいた建設的な嘘をついてきた。(中略)ところが女たちのつく嘘ときたら、何の意味もないどころか、何の得にさえならない。
1~5章は、人も羨む充実した人生を送る女・ジェーニャが人生のときどきに出会った「嘘をつく才知に恵まれた女たち」のおどろくべき物語で、ひとりに1章が当てられている。最後の章は、それまで断片的にしか語られてこなかったジェーニャを主人公とする、これまたおどろくべき物語が展開する。
(第1章)ジェーニャを相手にアンナ・カレーニナも色あせて見える波瀾万丈の人生を語って聞かせ、その中で素晴らしく上手に四人の子どもをでっち上げた末に無慈悲に殺した赤毛のイギリス女性アイリーン/(第2章)おしゃべりと行動力で遊び仲間を仕切り、話の中に素敵なユーラ兄さんを登場させて楽しんでいたのに、そんなお兄さんはいないんでしょ、とジェーニャに指摘されて憎しみの目を光らせたナージャ/(第3章)1980年代の半ばの話で、ジェーニャは35歳、長男のサーシャは13歳。ジェーニャの従兄弟である画家と恋愛関係にある、という作り話をジェーニャにとくとくと語る画家の姪で13歳のリャーリャ/(第4章)単純で素朴な若い娘マーシャに有名詩人の詩を朗読して聞かせ、マーシャに誰の詩かと聞かれて「若気の至りよ」と自作の詩であるように思いこませたのをきっかけに、死ぬまでマーシャを騙し続けた元大学教授のアンナ・ヴェニアミーノヴナ/(第5章)1990年代の初め。ジェーニャは学問に見切りをつけてテレビの世界に移っている。シナリオを書くためにスイスに出かけて取材すると、「船乗りだった父親が死んだあと義父にレイプされ、結婚した相手は式の当日に殺され、スイスに流れてきて苦労したけれど間もなく銀行経営者と結婚する」云々、と同じパターンの話を繰り広げる娼婦たち。
そして(第6章)。1~4にはジェーニャが二人の女性に悩まされながらも、できる女の実力と余裕であれこれと世話を焼く話が語られ、5~8のジェーニャの人生が一変してしまう話に続いていく。この後半の部分は、それだけで充分に一つの物語として成立する、衝撃と感動の物語となっている。(2013.8.26読了)