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『かばん』(セルゲイ・ドヴラートフ著、ペトロフ=守屋愛訳、成文社)


c0077412_13343352.jpg『чемодан』(Сергей Довлатов,1986)
ドヴラートフが『わが家の人びと』の次に発表した作品。前作で一族の系譜を語りつつ祖国ロシアの暮らしを活写した作者は、本作でも引き続き、祖国ロシアの人びとや出来事を語っていく。どこまでが真実でどこからがフィクションなのか判別できない内容と、生真面目かつ辛辣で軽快かつ力強い語り口、そして連作風の構成は前作と同様であるが、章立てはちょっととぼけている。前作では一族の誰彼が各章の主人公だったが、本作では身につける物が各章のタイトルになっていて、実はこれらは、語り手がアメリカに亡命するときに「かばん」に詰めて持ちだしたものなのだ。外国人ビザ登録課で「出国する人はスーツケース三つってことになっています」と言われ、驚きあきれて反発した語り手だったが、いざ品物を選んで詰めてみるとスーツケース一つに納まってしまった。さて、その厳選された品々とは……
フィンランド製の靴下(学生時代に一儲けしようと大量に買い占めたが売り損なったもの)/特権階級の靴(あるパーティーで、疲れた足を休めようとしたレニングラード市長がこっそり脱いだのを見てかすめ取ったもの)/ダブルボタンのフォーマルスーツ(新聞社の編集部にいたとき、けちな編集長からまんまとせしめたもの)/将校用ベルト(酒で失敗した兵卒チュリーリンからもらったもの)/フェルナン・レジェのジャンパー(画家のレジェが着ていたという絵の具のシミがついたベルベット製のジャンパーで、知り合いの女性からパリみやげとしてもらったもの)/ポプリン地のシャツ(妻のレーナとぼくは一風変わった夫婦関係にある。そのレーナが亡命の準備をすべて終えたとき「お金が余ったのよ、だから、これはあなたに」と言ってくれたもの)/冬の帽子(新聞社の編集部にいたとき、従兄のボリスとめちゃくちゃな晩を過ごしたときにボリスがくれたもの)/運転用の手袋(映画を撮りたいという男にせがまれてピョートル大帝の扮装をしたときに使ったもの)

「将校用ベルト」に登場するチュリーリンがインテリではないのに『フォーサイト・サーガ』を(少なくともタイトルを)知っているとは、さすが教養人があふれるロシア文学である。ロシアやソ連に関する次のような記述も興味深い。
人民芸術家のニコライ・チェルカーソフには高い社会階層の友人たちがいた。ショスタコーヴィチ、ムラヴィンスキー、エイゼンシュテインなどなど。けれど、彼が亡くなってみるとソビエトの有名人はどこかに行ってしまって、遺家族に残ったのはサルトル、イヴ・モンタン、画家レジェの未亡人など外国人の友人だけだった。
また「ポプリン地のシャツ」で妻レーナがアメリカ行きを決意したとき、ぼくは残ることにしたのだが、その理由をぼくは次のように述べている。
まだ、なにか漠然としたチャンスを十分に利用し尽くしたかった。ひょっとしたら、弾圧に対する無意識の憧れか。そういうこともよくある話だ。収容所に入れられたことのないロシア人のインテリなんて一文の価値もないのだから……。
さらに巻末の「解説」(沼野充義)に、オクジャワを巡るドヴラートフの文とそれに関する後日談があり、ドヴラートフという作家への興味がかき立てられる。(2013.8.16読了)
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by nishinayuu | 2013-10-28 13:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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