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『わが家の人びと』(セルゲイ・ドヴラートフ著、沼野充義訳、成文社)


c0077412_9563668.jpg『НАШИ』(Сергей Довлатов,1983)
ドヴラートフは旧ソ連出身の作家。国内では作品を出版できず、1978年にアメリカに亡命して、1980年代にはアメリカの読者に知られるようになったが、1990年に病没した。ペレストロイカ以後はロシアでも読まれるようになり、今ではロシアで最も読まれている作家の一人となっているという。
この作品は「ドヴラートフ家年代記」と副題にあるように、一族の人びとを古い順から一人ずつ取り上げて語った13の章で構成されている(正確に言えば12人と一匹。10章目の主人公グラーシャはフォックステリアなので)。ドヴラートフ家にまつわる雑多なエピソードが、短いセンテンスを連ねたぶっきらぼうともいえる文体で語られていく。スピード感があり、ユーモアもあり、随所に名を知られた人物のエピソードも挟み込まれていて、あきさせない。ただし、ここに盛り込まれたエピソードがどこまで本当のことなのかは判別できない。主な登場人物は以下の通り。
セルゲイ・ドヴラートフ:作者と重なる物語の語り手。レニングラードに住み、小説家を目指すが果たせず、アメリカに亡命する。まず妻のレーナと娘のカーチャが国を出て、それから母と犬とぼく、しばらく経ってから父も国を出た。
イサーク:父方の祖父でユダヤ人(ここも作者の父方と一致する)。1m10cmの大男。ウラジオストックにすんでいたが、上の息子たちについてレニングラードに移った。後にスパイ容疑で逮捕され、銃殺された。
レオポルド:イサークの三男。ペテン師の才があり、18歳のときには一芝居打ってありきたりのヴァイオリンをストラディヴァリウスとして楽器屋に買わせた。後にベルギーで実業家になった。
ステパン:母方の祖父でアルメニア人(ここも作者の母方と一致する)。エレガントな美男子で裕福だったが、厳しい性格で人間嫌いだった。
ロマン:ステパンの息子。トビリシの遊び人。マーラ:ステパンの娘。文芸編集者として活躍。いろいろな作家について愉快な逸話を知っていた。
アロン:マーラの夫でユダヤ人。学生時代は革命運動家、それから赤軍に従軍、ネップ時代は実業家として金もうけをし、その後は役人になり、晩年は修正主義者にして反動活動家。崇拝の対象がめまぐるしく変遷したその人生は、ぼくたちの愛する、恐るべきこの国の歴史を反映していた。
ボリス:共産党のある高官とマーラの不倫の落とし子。模範的なソ連の少年で成績も優秀だったが、ある時から道を踏み外してはひき戻される、ということを繰り返すようになった。本能的で無意識な実存主義者で、極限状態でないと行動できないのだった。
ノルカ:ステパンの娘でマーラの妹。ぼくの母。ぼくが8歳のとき父と別れ、校正の仕事をして、ジャガイモだけしか食べずにぼくを育ててくれた。アメリカに亡命するとき、何も言わずについてきてくれた。
ドナート:イサークの息子でレオポルドの兄。ぼくの父。俳優。次第に舞台から遠ざけられてもなかなか現実が理解できなかった。

イサークにはドナート、レオポルドの他にもう一人ミハイルという夭折した息子がいたが、「この名前には悲劇的な夭折のぼんやりとした予兆が感じられる(思い起こしてほしい。レールモントフ、コリツォフ、ブルガーコフのことを……)」というくだりがある。そして、「名前というものはかなりの程度まで、人間の性格や、さらには生き方までも決めてしまうものじゃありませんか。」と述べて、次のような例が並べてあり、なかなか面白い。
アナトーリイは、ほとんどいつも、厚かましく、喧嘩っ早い/ボリスは太りやすい癇癪持ち/ガリーナは口やかましく粗野な女で、つまらないいざこざをよく起こす/ゾーヤは未婚の母/アレクセイは意志薄弱なお人よし/グリゴーリイという名前にぼくは、物質的な豊かさの響きを聞く。(2013.8.8読了)
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by nishinayuu | 2013-10-16 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-10-19 00:45 x
スケールの大きい物語ですね。人種も舞台になっている場所も時代も性格も様々で日本的な尺度では測り切れない、ロシアという風土を感じます。
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