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『ふくろう女の美容室』(テス・ギャラガー著、橋本博美訳、新潮クレストブックス)


c0077412_1436518.jpg『At the Owl Woman Saloon』(Tess Gallagher,1997~1999)
本書は作家レイモンド・カーヴァーの晩年のパートナーだったギャラガーによる短編集。10編の短編作品と2編のエッセイが収録されている。
『フクロウ女の美容室』――女の園のはずの美容室に侵入してきた白髪頭の男。ベルイマンの映画に出てきそうなハンサムだが、庭造りについて得々と語るこの「知ったかぶりオヤジ」に、しだいに惹かれていく「私」。この男を評して、よくよく見れば、ベルイマン・タイプというよりうまく年を重ねたジェラール・ドパルデューに近かった、と言っているが、これは褒めている?貶している?(ドパルデューがちょっと気に入っているnishinaには、褒めているように聞こえます)。
『昔、そんな奴がいた』――きこりたちの元締めであるダニー・ガナソンは賃金の支払いを渋るたちの悪い男。きこりのビリーは、思い切った行動に出て、ダニーが二度ときこりたちを搾取できないようにした。それから5年ほど過ぎたある日、トラックを走らせていたビリーがヒッチハイクの男を拾うと、なんとそれはよれよれになったダニーだった。「子どもの一人が8月のルバーブみたくグレちまって手がつけられない」という表現がおもしろい。
『石の箱』――子どもに恵まれなかったアーレンとエリーダのもとに幼い娘エルミがやって来た。エリーダの妹ドリーが、自分では育てられないから、と押しつけていったのだ。の娘エルミだった。3年後、再婚したドリーは5歳になっていたエルミをむしり取るようにして連れ去った。ドリーが娘の服やおもちゃを荷造りして送るように、と言ってきたとき、ふたりは木の箱に石を詰めて送った。それから25年……。
『来るものと去る者』――夫の仕事と財産に関するやっかいごとに巻き込まれたことで、エミリーはかえって夫への信頼と愛を確認する。在原業平の「君や来し 我や行きけん 思ほえず 夢かうつつか 寝てか覚めてか」が斬新な解釈で引用されている。
『マイガン』――夫が亡くなって1年の38歳でむっちり体型の「私」。最近、頭の中は、新しいパートナーを探すことよりも、自分用の銃、つまりマイガンを買うべきかどうかでいっぱいだ。
『ウッドリフさんのネクタイ』――隣人の視点で描かれたカーヴァーの最期の日々。
『キャンプファイアーに降る雨』――「ミスターGが、つぎはぎだらけにしてしまった物語を、私は今からきちんと元通りにしてお話ししたいと思う」という文で始まる、視覚障害者のノーマンと「私」の物語。訳者のあとがきによると、カーヴァーの『大聖堂』と同じ設定で、カーヴァーの死後に書かれたという。
短編小説は以上の他に『生き物たち』、『仏のまなざし』、『祈る女』の3編。母について語る『聖なる場所』と、父について語る『父の恋文』という二つのエッセイは、同時に作者自身の伝記としても読める。(2013.7.24読了)
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by nishinayuu | 2013-09-27 14:38 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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