『青い夕闇』(ジョン・マクガハン著、東川正彦訳、国書刊行会)
2013年 09月 15日
『The Dark』(John McGahern,1965)
本書は1950年代のアイルランドを舞台に、父親の理不尽な言動と、自分自身の不安定な精神や肉体にふりまわされながら、自分の進むべき道を探る一人の青年の苦悩の日々を綴った物語である。原題を直訳すると「闇」であり、物語はまさしく出口のない暗闇の中の苦しみを描いた部分が大半を占めるが、北国の清らかな空気、妹たちへの温かい情愛、そして根底にある親子の絆などによって、闇は漆黒ではなくなっている。そういう意味で「青い夕闇」というのは、本作品の暗さと仄かな光とある種の叙情性のすべてを包括したすばらしいタイトルである。
主人公(物語のはじめの段階では16歳の高校生)は奨学金で高校に入り、将来は聖職者になりたいと思う一方で、禁欲的生活へのためらいもあって決心がつかない。それでも進学のための奨学金を獲得するためにがむしゃらに勉強している。そのうち主人公は父親のもとを去っていくつもりだ。主人公が家に残って農作業を一緒にやってくれることを父親は望んでいるようだが。主人公より先に一番上の妹のジョーンが家を出ることになった。ジェラルド神父の紹介で町にあるラアイアンの店で働くことになったのだ。しかし彼女は家を離れたがらなかった。ひどい父親のいる家より、外の世界のほうが怖かったのだ。彼女の怖れたとおり、彼女にとってライアンの店は「家よりひどい」ところだった。この物語には父親や聖職者、雇用者による性的虐待があふれていて驚かされるが、主人公も妹のジョーンも、そういう環境を乗り越えて成長していく。
この主人公には名前が与えられておらず、語り手によって「彼」とか「おまえ」と呼ばれたり、一人称の「ぼく」で語ったりするので、はじめはとまどう。文体もぎこちない感じで決して読みやすくはないが、それがかえってざらざらした感触の内容とマッチしているようにも思える。(2013.7.12読了)
☆ロスコモンやらスリゴーやら、『The Secret Scripture』で親しんだ地名が出てきて懐かしくなりました。
アイルランドに行ったことはないのですけれど。