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『サラの鍵』(タチアナ・ド・ロネ著、高見浩訳、新潮クレストブックス)


c0077412_1339375.jpg『Sarah’s Key』(Tatiana de Rosnay)
ドイツ軍統治下のフランスで1942年7月16日早暁、パリとその近郊に住むユダヤ人が一斉に検挙され、ヴェロドローム・ディヴェール(冬期自転車競技場)に押し込まれた。その数13152人。中には4150人の子どもたちも含まれていた。食べ物も水もなく、トイレも使えない状態でこの屋内競技場に6日間閉じこめられたあと、ほぼ全員が列車でアウシュヴィッツに送られ、そこのガス室で命を絶たれた。このヴェロドローム・ディヴェール事件、略称ヴェルディヴを立案し、実行したのはフランス警察だった。
物語はまさにこの事件の日の早暁、ひとりの少女が玄関のドアを叩く音に気づくところから始まる。警察が踏み込んできて、一緒に来るんだ、と少女と母親をせき立てる。少し前から、一斉検挙があるらしい、特に男があぶない、という噂があったため身を隠していた父親も妻子と行動を共にするために姿を現す。こうして三人はヴェロドローム・ディヴェールに引き立てられていく。しかし少女の弟はあとに残った。警察に踏み込まれたとき、家族しか知らない秘密の納戸に弟が逃げ込んだのを見た少女が、警察に見つからないことを祈りながらその扉の鍵をかけたからだ。「必ずもどって来るからね」と小さな弟に約束して。少女は10歳で名前はサラ。4歳の弟の名前はミシェルといった。
ヴェルディヴから60年後の2002年。ジュリア・ジャーモンドはアメリカ出身のジャーナリストで、パリに移住して25年になる。「男の色気がにじむ浅黒い顔立ち、均整の取れた体躯。絵に描いたようなフランス男」である建築家のベルトランの妻であり、11歳の少女ゾフィーの母親である。6年前から関わっている週刊誌に、ヴェルディヴの60周年記念記事を書くことになった彼女は、それについて自分がいかに無知だったかを思い知ると、ジャーナリストとしての使命感に突き動かされるように調べ始める。フランス人にとってかなり微妙な問題で、だれも言及したがらない過去の秘密のようなこのヴェルディヴにのめり込むジャーナリストとしてのジュリアと、一方でベルトランやベルトラン一族との関係、ゾフィーや自分の将来について悩む一人の女性としてのジュリアの姿が過不足なく描かれていて、物語に厚みを与えている。
前半はサラの物語とジュリアの物語が交互に綴られる構成になっている。60年という歳月を隔てたこのふたつの物語が、ある時点に向かって収斂していく過程の迫力もみごとなら、そこからさらにもう一つの物語が始まって未来に繋がっていくことを暗示する結末もすばらしい。大きな感動と満足感を与えてくれる一冊である。(2013.6.27読了)

☆1995年7月16日にヴェルディヴについて国家としての謝罪演説をしたシラク大統領が「ザホール。アル・ティシカハ(記憶せよ。決して忘れるな)」とヘブライ語で言ったそうです。ここを読んで、韓国の光州事件を描いた映画の中でも「私たちを忘れないでください」とヒロインが叫んでいたのを思い出しました。ヴェルディヴの作戦名が「春のそよ風作戦」なら、光州事件の作戦名は「華麗な休暇」だったということも。こちらはなんとも不気味な類似です。
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by nishinayuu | 2013-09-03 13:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-09-04 11:56 x
4歳の弟ミシェルは助かったのか気になります。ヴィシー政権下のフランスは対独協力のために、ユダヤ人を狩り出してアウシュビッツに送ることまでしていたとは。ユダヤ人の抵抗運動ではワルシャワ蜂起の映画が悲惨でした。フランスのことはあまり知らないですね。実際はドイツの協力国なのに戦勝国になったんですね。韓国もこれを狙っているようですね。
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