『Mr. Reginald Peacock’s Day』(K.Mansfield,Constable)


c0077412_23305035.jpg『レジナルド・ピーコック氏の一日』(キャサリン・マンスフィールド、1920)
5月にサキのレジナルドを読んだが(その記事はこちらこちら)、そういえばマンスフィールド作品の中にもレジナルドがいたことを思いだし、数十年ぶりに再読した。
この作品は声楽家のレジナルド・ピーコック氏のある一日を綴った短編である。ピーコック氏の視点で綴られてはいるが、現実的な妻の目にうつった夢想家の夫の姿を描いたものともいえる。そもそも、ピーコックという名前からして彼が虚栄心の塊の滑稽な人物という役割を与えられていることがわかる。
すなわち彼は芸術家として世間から尊敬されていると自負しているのに、妻からはただのやっかいな夫、息子からは面倒くさい父親、とみなされている。そんなふうに家族の前では形なしの彼も、弟子たちにとってはすてきな声楽家の先生なのだ。だから彼は念入りに身を清め、喉の調子をチェックするためにローエングリンになった気分で声を張り上げる。この日は三人の弟子がレッスンを受けに来た。最初は白いドレスを着て顔を紅潮させたベティー・ブリトル嬢。公園の花がすばらしかった、という彼女に、その花を思いながら歌えば声に艶と暖かみが出る、とアドバイスすると、彼女は賞賛のまなざしで彼を見る。次は外国人特有の優美な立ち居振る舞いのウィルコウスカ伯爵夫人。恋の歌を練習し、あと一息というところまでこぎ着ける。三人目はメアリアン・モロウ嬢。歌い始めると目に涙があふれ、顎が震えてしまうので、彼は、歌わなくていいですよ、と言って彼女のためにピアノを弾く。帰り際に感謝の言葉を述べる弟子たちに、彼は内心の喜びを抑えて謙虚に「まことに嬉しく存じます」と答えるのだった。
妻がそんな彼をただの稼ぎ手としか見ていないようなのが、彼には納得できない。そもそも、朝、彼を起こすのにも、芸術家を眠りの世界から呼び起こすという細やかさが全くない起こし方をする。自分はずっと前から起きて働いているのだ、と言わんばかりの格好でずかずかと寝室に入ってきて「レジナルド、7時半です。起きる時間よ」とだけ言って出て行くのだ。その後も、息子のためにお金がいるという話と、今夜は夕ご飯が必要かどうかの確認だけ。夜になって彼がティンバック卿のパーティーから戻ったとき、妻は既にベッドに入っていた。縮こまって寝ている姿を見た彼は、もう一度だけ妻に優しいことばをかけてみようと思い立つ。ところが彼の口をついて出たことばは、なんと「まことに嬉しく存じます」だった。(2013.6.14読了)
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by nishinayuu | 2013-08-28 23:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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