『徒然草』(兼好法師著、小学館・日本古典文学全集)


c0077412_22422083.jpg数年前、友人たちと里山を散策した折、ある家の脇にある柚の木にしっかり囲いがしてあるのを見たアラフォーの女性が、「これってまさに、まわりを厳しく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか、よね」と言った。「おぬし、やるのう」と軽く応じておいたが、彼女が当たり前のように引用した『徒然草』がこちらにとってはすっかり遠いものになっていることに気がついた。それ以来ずっと気になっていたので、本棚で眠っていた本をこのたび久しぶりに取り出して読んでみた。
読んでみると前の方の段は記憶に残っているものが案外多かった(受験勉強の名残?!)。読み進むにつれて、有職故実に関するもの、貴族の子弟用の教訓的なものが増えていき、これらはほとんど覚えていないので、まあ新鮮といえば新鮮ではあった。なにかのときに使えそうなくだりを記しておく。
第5段:配所の月、罪なくて見ん事(今時、配所もないでしょうが)/第18段:昔より、賢き人の富めるは稀なり(いじましく聞こえるので内輪でしか使えませんね)/第62段:ふたつもじ牛の角もじすぐなもじゆがみもじとぞ君はおぼゆる(「こ・ひ・し・く」思う、と言う意味ですが、いったいいつ使うつもりじゃ)/第72段:賤しげなるもの。居たるあたりに調度の多き。硯に筆の多き。(中略)人にあひて詞の多き。(中略)多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵(塵塚の塵も多いのは見苦しいでしょうに)/第73段:下ざまの人の物語は、耳おどろく事のみあり。よき人は怪しき事を語らず(テレビやSNSにも当てはまりそう)/第82段:すべて何も皆、ことのととのほりたるはあしき事なり。し残したるを、さてうち置きたるは、面白く、いきのぶるわざなり。内裏造らるるにも、必ず作り果てぬ所を残す事なり(未完であればまだ向上の余地がある、ということですね)/第137段:すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ。(中略)片田舎の人こそ、色こく万はもて興ずれ。花の本には、ねぢ寄り立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、はては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手・足さし浸して、雪にはおり立ちて跡つけなど、万の物、よそながら見ることなし(出不精の言い訳に使えそう)/第167段:品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉れにても、人に勝れりと思へる人は、たとひ言葉に出ててこそ言はねども、内心にそこばくの咎あり。慎みてこれを忘るべし(どきっ!人より勝るなどとは思っていないけれど、ちょっとした慢心はあるかもしれない)/第190段:いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、にくかりなん。(中略)よそながら、ときどき通ひ住まんこそ、年月へても絶えぬなからひともならめ(その通り)/
(2013.6.12読了)
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by nishinayuu | 2013-08-19 22:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-08-25 23:44 x
徒然草は高校時代授業で勉強しただけなので何も覚えていませんが、果樹に囲いをする話はぼんやり覚えています。それで新潮文庫に徒然草の全訳があったので本屋で見てみました。懐かしかったのはその著者が高校の時の古文の先生でした。当時は東大の院生か助手かでした。その先生について覚えているのはほとんど何も教えてもらわなかったことです。むこうは教えたつもりかもしれませんが、レベルの低い私の頭には入ってきませんでした。その先生は終始一貫指しまくりました。質問責めにされました。その時勉強は教えてもらうものではないんだということと、東大生というのは勉強してこない生徒は相手にしないんだという実感でした。カルチャーショック。
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