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『残念な日々』(ディミトリ・フェルフルスト著、長山さき訳、新潮クレストブックス)


c0077412_13491429.jpg『De helaasheid der dengen』(Dimitri verhulst)
物語の舞台は、ベルギーはフランダースの小さな村・レートフェーデヘム。語り手は物語の冒頭ではまだ小学生のディメトリー(名前から作者とかなり重なる人物だと推察できます)。この語り手の叔母であるロージーが村に帰ってくるという噂が村の男たちの間を駆けめぐる、というエピソードで物語は始まる。叔母はまれに見る美女で、彼女と寝ることが村の男の誇りだったが、他所の男と結婚してブリュッセルに行ってしまったのだ。ごくまれに叔母と夫は娘のシルヴィーを連れて高級車で村にやってきたが、語り手の一家はこの親戚を軽蔑していたし、村の人たちにもそれはわかっていた。
語り手の一家は、祖母、父とその三人の弟、そして語り手、という構成だった。母親は結婚10年で夫も息子も捨てて出て行った。無産階級であることを誇りにしている父は、離婚した相手に家具を全部持って行かれて所有物がゼロになったことを喜び、母親(語り手の祖母)の家に転がり込んだ。父と叔父たちはこの男の城で、とことんだらしなく、不潔で怠惰な暮らしをしていた。生のミンチ肉を素手で食べ、おならやゲップはし放題、トイレのドアを開けたまま大便をし、酔っぱらって卑猥な歌を歌い、あばずれ女を引き込み、しょっちゅう警察や財産差し押さえ人がやってくる。そんな暮らしを、気取った都会の人間に見られるのはさすがに気まずかった。それでも今回やってきたのはロージーとシルヴィーだけだったので、一家の男たちはいつものペースを変えることなく、シルヴィーをカフェに連れて行ってしまう。同じくだらしなくて不潔で怠惰な村人たちのたまり場であるカフェで、シルヴィーは荒っぽい歓迎を受け、人生初のビールを味わったあとはとことん酔っぱらい、卑猥な歌も覚えて、一家の血と、実の父親であるある村人の血をしっかり受け継いでいることを証明する。数日後に迎えに来たロージーの夫は、シルヴィーが他人の子だということも知らずにふたりを高級車に叩き込んで帰って行く。
語り手が小学生だということは一家の男たちの頭からすっぽり抜けていたか、あるいはわかってはいても小学生にはそれにふさわしい環境が必要だとは思いもよらなかったのかも知れない。とにかく、理想とは正反対ともいえる凄まじい環境だった。ある日、特別青少年育成課から「息子さんを育てておられる環境と状況を見に来ました」と若い女性調査員が訪ねてきたほどだ。確かにとんでもない環境であり、父や叔父たちの暮らしぶりは「残念な」ものではあったかもしれないけれども、けっして恥ずべきものではなかった。父や叔父たちは一致団結していたし、彼らなりに語り手をかわいがってくれてもいた。それに、息子たちの酷い汚れ物を片っ端から洗濯し、食事からなにからいっさいの世話をやく肝っ玉の据わった祖母がいた。祖母は幼くして母に捨てられた語り手をしっかり受け止めて愛してくれた実質的母親でもあった。だから語り手は、同級生のフランキーから「きみたちは下等な人間だ、大酒飲みでけんかはするし、村のごろつきみたいなものだ。社会保障を利用するパラサイトだ。だからきみとはもう遊んじゃ駄目だってお父さんが言った」と言われても動じることはなかった。ただ、団結心の強いうちの家族のだれかれを侮辱したら、フランキーもその父親も痛い目に遭うことになる、と言い聞かせてはやった。
全体の2/3くらいまでが怒濤のような少年時代の回想で、あとの1/3に大人になってからのフランキーとの再会や祖母のその後、息子や恋人のことなどがしっとりしたトーンで綴られている。(2013.6.3読了)
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by nishinayuu | 2013-08-07 13:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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