『昼の家、夜の家』(オルガ・トカルチュク著、小椋彩訳、白水社)

c0077412_22174945.jpg『Dom Dzienny, Dom Nocny』(Olga Tokarczuk, 1998)
本書は1962年生まれのポーランド作家トカルチュクによる長編第4作。冒頭に次のようなエピグラフが掲げられている。
家はそこに住む人の、ひとまわり大きな身体と思えばいい。日を受けて育ち、夜の静寂に眠る家も、夢を見ないことはない。どうして見ないはずがあろう?夢で家は町を離れ、緑の森や小高い丘へ向かうではないか。――カリール・ジブラーン(訳:池央耿)
「昼の家」と「夜の家」、現実と夢、生と死などを対立するものとしてではなく、同時に存在していてしかも常に揺れ動いているものとして呈示するこの作品を象徴するようなエピグラフである。
そして最初の断章「夢」で、語り手は「最初の夜、わたしは動かない夢を見た。夢の中で、わたしは観念そのもの、視線そのものだった」と語り始める。
次の断章「マルタ」では、語り手とその夫Rが移り住んだ家での隣人である年寄りの女性が紹介される。おいおいわかってくるのだが、マルタは冬の間は姿を見せず、春になっていきなり語り手たちの前に現れる。語り手の問いかけにはまともに答えず、意味深長な人生訓めいたことばを披瀝して語り手を考え込ませる。秋の終わりには飼っていた鶏3羽をつぶして3日間で骨まで食べ尽くし、冬籠もりしてしまう。仕事はカツラ職人ということで、いろいろな人から集めた髪の毛を編んでいる。まるで運命の機を織る女神か魔女のように。
続いて「何某氏(近所の住人)」、「ラジオ・ノヴァ・ルダ(ローカルラジオ局)」、「マレク・マレク(やはり近所の住人)」と続いた後、またまた「夢」。ただし今度は人びとが夢を書き込むインターネットのサイトがある、という話から始まって、人びとの見る夢には相似点があり、それらを繋いでいったら一貫性のある物語になるだろう、という具合に展開していく。どうやら語り手は「物書き」らしい。
語り手が移り住んだのはチェコとの国境に近い小さな町ノヴァ・ルダ周辺の山村である。巻末近くの挿話「ノヴァ・ルダ」で町は「谷間と、斜面と、丘の上にある町。もっとも夏が短い町。雪がけっして溶けきらない町。太陽が昇らない町。ドイツが掘った地下トンネルが、プラハとヴロツワフとドレスデンに通じている町。断片の町。シロンスクと、プロイセンと、チェコとオーストリア=ハンガリーと、ポーランドの町。終焉の町。時間が漂流する町。存在の境界で、みじんも動かずに、ただあり続ける町」と、様々なことばで紹介されている。
物語は全部で111の断章(もしくは挿話)からなり、語り手の暮らし、マルタとの交流、膨大な数のキノコとそれらのレシピ、クリシャ、アグニェシュカ、ボボルといった村の人びとに関するエピソード、聖女伝とそれを書いた修道士の物語、様々な天体現象、フォン・ゲーツェンのお屋敷、わたしのお屋敷、ドイツ人との共同生活、ドイツ人が立ち去った後の村の奇妙な活気、刃物師派とノヴァ・ルダの創設者のことなどなど、この土地の古い伝説と比較的新しい伝説、そして現在のできごとが、順不同で綴られている。中でも印象的なのはチェコとポーランドの国境で、両国をまたぐようにして息絶えたペーター・ディーターの挿話と、狼化妄想にとりつかれたエルゴ・スムの挿話である。一見ばらばらでありながら緩やかに関連しているこれらの挿話によって、この土地の性格と歴史が浮かび上がる。そしてこれらの物語性のある挿話の合間に、夢と現実・視線と視点など様々な事柄に関する考察が織り込まれて、考察する主体とともに読者はこの土地を俯瞰したり、遠くから見たり、意識の世界を浮遊したりしてから、またこの土地に(もしかしたら新たな夢の世界に)舞い戻ってくるのだ。フォン・ゲーツェンがトウヒの森に突っ込んでいったDKWの車を何年も後にRが発見したり、トウヒがSOLINGENのナイフを抱え込んだまま古木になっていったりする土地に。(2013.5.29読了)

☆キノコのレシピに「スメタナ」ということばが登場します。作曲家のような名前だけどいったいなに?と思っていたら、訳者あとがきに「サワークリーム」とありました。
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by nishinayuu | 2013-08-04 22:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2013-08-06 16:42 x
名前を覚えるだけでも大変そうですね。絵がついているといいですね。
Commented by nishinayuu at 2013-08-07 16:22
マリーゴールド様、『昼の家、夜の家』は雰囲気のあるすばらしい作品です。ぜひ読んでみて下さい。
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