『海にはワニがいる』(ファビオ・ジェーダ著、飯田亮介訳、早川書房)


c0077412_10542761.jpg『Nel mare ci sono coccordrilli』(Fabio Geda, 2010)
この作品は10歳のときに故国を出た少年のさすらいの旅の日々を、少年が辿り着いた国の作家が聞き書きしたという形になっている。作家はイタリアのトリノで生まれたファビオ・ジェーダ。少年はアフガニスタンにあるハザラ人の小さな村で生まれたエナヤットラー・アクバリ(通称エナヤット)である。
エナヤットは母と姉、弟の4人でガズニー州のナヴァ村で暮らしていた。父はエナヤットが6歳の頃、山道をトラックで走っていたときに山賊に襲われて死んだ。パシュトゥン人の商人に脅されて、イランに商品を仕入れに行っていたのだ。トラックの積み荷が山賊に盗まれたと知ったパシュトゥン人たちは、今度は残された家族に損害を弁償しろと迫り、できないなら男の子二人を奴隷にする、と脅した。それ以来、家族はずっとおびえて暮らすようになった。
ある日、母はエナヤットだけを連れて旅に出た。ハザラ人を迫害し続けてきたパシュトゥン人、特にタリバーンの連中に見つからないように身を隠しながら。カンダハールに着くと、そこまでいっしょに来てくれた男の人は「エナヤット、幸運を祈っているよ。また会おうな(バー・オミーデ・ディダール)」と言って帰って行った。小学校がタリバーンに襲われたとき、エナヤットの先生が最後に言ったことばも「バー・オミーデ・ディダール」だった。それにしてもなぜあの男の人は「幸運を祈っているよ」なんて言ったのだろう、とエナヤットは思った。しかし間もなくエナヤットはその意味を知ることになる。何日もかけてやっと着いたパキスタンのクエッタで、エナヤットが眠っている間に母が消えたのだ。「あの人が僕を置き去りにしようとは夢にも思わなかった」と物語の冒頭でエナヤットは語っている。母に捨てられたと思った10歳の少年はどんなに大きな衝撃を受けただろうか。そして、エナヤットの命を守るために、エナヤットの生きる力を信じて外の世界に放り出した母親の苦悩もどんなに大きかっただろうか。
こうしてエナヤットの長いさすらいの旅が始まる。パキスタンからイラン、トルコ、ギリシアへと死と隣り合わせの過酷な旅が続く。食べ物と寝場所を求めて必死に働き、つかの間の友情にすがり、子どもたちの遊ぶ学校の校庭に吸い寄せられたりしながら。5年という歳月の後にエナヤットがやっと辿り着いた安住の地は、故郷から5000キロ以上も離れたイタリアだった。過酷な日々を智恵と勇気で生き抜いたこの健気な少年がその体験を作家に語るまでにはさらに数年の歳月が必要だったというところからも、その体験の重さを推し量ることができる。

なお、タイトルはトルコのアイヴァリクからギリシア領のレスボス島へゴム・ボートで渡ったときのエピソードから採られている。このときの5人の仲間のうちいちばん小さかったフセイン・アリ(12歳)は「海にはワニがいる」と海を恐がった。「海にワニなんていない。ワニってのは川に棲む生き物なんだぞ」と怒鳴りつけたリアカットは、すれ違った大型船が立てた波にあおられて海に落ちて死んでしまう。このときは無事だったフセイン・アリも、陸に上がったあとで他のふたりといっしょに警官に捕まってしまう。エナヤットはこうしてまたひとりぼっちで旅を続けたのだった。(2013.5.12読了)
[PR]
by nishinayuu | 2013-07-20 10:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(3)
トラックバックURL : http://nishina.exblog.jp/tb/20524853
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by マリーゴールド at 2013-07-23 19:49 x
大きな組織(政府とか人権団体)の援助なしに10歳の子供が生き抜くということが実際にあったなら素晴しい。そういうことは夢だからこそ小説になったのではないだろうか。
Commented by nishinayuu at 2013-07-26 14:38
『海にはワニがいる』は実話に基づいた作品で、モデルの少年の名前で検索すると少年の(今は大人になった)顔も出てくるそうです。私は顔には興味がないので見ていませんが、名前のスペリングは以下の通りです。Enaiatollah Akbari
Commented by マリーゴールド at 2013-07-27 15:04 x
写真と映像が出ていました! 奇跡の青年ですね!
<< 『さりながら』(フィリップ・フ... 『五体不満足』(乙武洋匡著、講談社) >>