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『妻を帽子とまちがえた男』(オリヴァー・サックス著、高見幸郎・金沢泰子共訳、早川書房)


c0077412_10471372.jpg『The Man Who Mistook His Wife for a Hat』(Oliver Sacks, 1985)
本書には脳神経に異常がある人たちに関する「奇妙」な話が24編収められている。ただし、これは単なる「医学的症例集」ではなく、病気に冒されたことによって常人には想像もできない国を旅した人々の「物語」なのである。著者はアメリカの神経学者で、本書が最初の作品。2作目の『レナードの朝』は映画化され、日本でも1991年に封切られている。
4部からなる本書の第1部は「喪失」と題され、様々な「欠損」、すなわち機能の損傷あるいは不能に苦しむ患者たちが登場する。本書のタイトルとなっている男は視覚喪失の例である。音楽教師だったこの男は喪失した視覚を他の感覚、特に音感によって補うことによって、病は進行したにもかかわらず生涯の最後まで音楽を教えることができたという。この他に、発話機能の喪失、記憶の喪失、運動機能の喪失、固有感覚の喪失などに苦しみながらも人間らしく生きる道を探る人々が登場する。
第2部は「過剰」と題され、第1部の「喪失」とは逆の、過剰や亢進の例が挙げられている。多動、異常興奮、チック、誇大妄想、などなど、「過剰」も「喪失」に劣らずやっかいな病である。「機知あふれるチック症のレイ」は治療の成功例であろう。レイは、週日は薬によって過剰を抑えておとなしく働き、週末は薬をやめて生来のレイらしく軽薄で、熱狂的で、インスピレーションに満ちた人物になるという。
第3部は「移行」と題され、側頭葉や大脳辺縁系へ加えられた異常な刺激の結果起きる追想、幻覚が扱われている。テンカンあるいは中毒症状によって故郷のインドへ戻った幻覚を見ながら逝った少女の話、化学物質のせいで起こった嗅覚過敏症、前頭葉性の脱抑制による「殺人の悪夢」などがとり挙げられている。
第4部は「純真」と題され、ある種の特殊能力を持つ知能障害者の例が挙げられている。そして、彼らの心の「質」について考察し、たとえ知能的な欠陥はあっても彼らの心は精神的に興味深く、完全とさえいえる、と述べている。物語的な存在としては完全であると認められたおかげで人間的に成長していく「詩人レベッカ」、教会の聖歌隊で歌うようになって自分を取り戻した音楽の「生き字引」マーチン、そして頭の中に広大な数の図像を持ち、その世界を自由に歩き回っていた「双子の兄弟」、正確で生き生きとした絵を描く「自閉症の芸術家」ホセなどが登場し、知的障害の人々にも「創造的な知性」があることを教えてくれる。彼らは適切な環境に置かれれば充実した人生を送ることができるが、双子の兄弟のように不適切な医療的措置を施されると生来の天才的能力をなくしてしまうこともあるという。この分野の研究と医療が進歩して、イディオ・サヴァン(知的障害のある天才)たちがより人間らしく生きられる日が来ることを願わずにはいられない。(2013.4.17読了)
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by nishinayuu | 2013-06-23 10:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-06-24 22:41 x
脳って興味深いですね。読んでみたいです。
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