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『ナタリー』(ダヴィド・フェンキノス著、中島さおり訳、早川書房)

c0077412_15404527.jpg『La délicatesse』(David Foenkinos)
原題は「繊細さ」という意味のフランス語。本文中にラルースによるこの語の定義と、その形容詞形の定義が載っている。形容詞形の定義は――1.非常に繊細な;快い、洗練された、優美な 2.脆弱な、虚弱な 3.困難な;危険な 4.思いやりのある、如才ない。
ナタリーは美しくて聡明な女性。学生の時に理想の男性フランソワに出会って結婚した。学業と家事を両立させ、卒業してスウェーデン系の会社に就職してからも仕事と家事をテキパキとこなし、フランソワとの生活を楽しんだ。フランソワに出会ってから7年間、そんなふうに幸せいっぱいだったナタリーの時間が突然断ちきられる。ジョギングしていたフランソワが車にはねられて死んでしまったのだ。
ナタリーは何も考えないため、空白の中にいるために仕事に没頭する。自分の若さにも美貌にも無関心で、社長のシャルルが血迷って攻勢をかけてきてもぴしゃりと拒絶する。そんなことが数ヶ月続いたあとで、ある日ナタリーの執務室に部下のスウェーデン人、マルキュスが書類のことで相談にやってくる。この、ぎこちなくて容貌もぱっとしないスウェーデン人、「東側の国」の人間のようなところがあって、なにかルーマニアやポーランドのようなものを感じさせる、「暗いのが天性であるスウェーデンでは盛り上げ役になる」というマルキュスのせいで、ナタリーの人生は大きく変わることになる。マルキュスはぎこちなくて容貌もぱっとせず、憧れの女性にふられて泣いたこともある一見頼りない男だったが、なによりも「繊細で、思いやりのある」男でもあったのだ。

最初に言及したラルースの定義をはじめとして、この作品には本文中や注の形で様々な情報やコメントがちりばめられている。たとえばマルキュスがナタリーの誘いに怖じ気づく場面にはカミュやサルトルの台詞、二人が向かい合ったままかたまっている場面にはマグリットの絵が出てきたりするが、さらりと扱われているので決してペダンティックではない。特に愉快なのはナタリー、アリスなどの人名や、スウェーデン、スイス、アメリカ、リヒテンシュタイン、ロシア、スペイン、スウェーデン、ウプサラといった国名や地名が喚起するイメージに関するコメント。これらの情報やコメントがこの作品の大きな魅力となっていることは間違いない。残念なのは、読者として若い女性だけを‘想定’したような‘装幀’になっていることだ。
なお、この作品はオドレイ・トトゥの主演で映画化され、2011年12月に公開されている。ただし日本では未公開で、公開の予定もないらしい。(2013.2.27読了)
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by nishinayuu | 2013-05-06 15:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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