『荷車のペラジー』(アントニーヌ・マイエ著、大矢タカヤス訳、彩流社)


c0077412_950856.jpg『Pélagie-la-Charette』(Antonine Maillet)
カナダ東海岸のブクトゥッシュ(ニュー・ブランズウィック州)生まれの作者が1979年に発表した作品。その年にフランスのゴンクール賞を受賞している。
副題に「失われた故郷への旅」とある。失われた故郷とは17世紀初めからフランス人たちが入植していたカナダのアカディ(現在のノヴァスコシア州を中心とする一帯)のことで、17世紀初めからフランス人達が入植し、独自の社会を形成していた土地である。しかし1713年のユトレヒト条約でイギリス領となったアカディには、英仏両国の関係が悪化するにしたがってイギリス軍政の圧力がのしかかるようになった。そしてついに1755年、当地の植民地総督代行のローレンスがアカディアン(アカディのフランス人)達を強制的に船に乗せ、イギリス領植民地であるアメリカの各地に放り出すという事件が起こった。船に乗せられる段階で多くの家族がばらばらになり、多くの人命が失われた。この事件をアカディアン達はあの「大騒動」という言葉で語り継ぐ。
「大騒動」から15年経ったとき、一人の女性が立ち上がる。アカディの「フランス湾の華と呼ばれたグランプレ」からスクーナー船に押し込まれたときは20歳の若妻だったペラジー・ルブランである。「大騒動」で夫を失い、スクーナー船の中で生まれた末娘を入れてすでに5人の子持ちだったペラジーは、「あたしは負けない!あたしは、家族の一人だって異境の地に埋めたりしない!」と誓ったのだった。何ヶ月も波に揺られたあとジョージアに上陸し、「綿畠で強い日差しにさらされ、黒人奴隷も貧乏白人も一緒くたに軽蔑して鞭で殴る粗暴な農園主の長靴に耐えて」やっとあがなえた一台の荷車で、ペラジーは北の故郷に向かって旅立つ。同行するのは15歳になった末娘と4人の息子達、治療師のセリーナ、100歳近い語り部のベロニー。さらに3歳で孤児になったカトゥーンやら、各地に隠れ住んでいた人たちやらが次々一行に加わって、ペラジーの荷車は人と荷物でふくれあがり、ぎしぎしと喘ぎながら進む。そしてペラジーの荷車のあとからもう一台、ベロニーの目にしか見えない車がついてくる。それは死神の御する死者のための荷車だった。

物語には一族を率いる母なる女性、それを補佐する巫女的な女性、語り部の老人、海から颯爽と現れる英雄、巨人族の男などなど神話的人物がちりばめられており、アカディアンのディアスポラとエクソダスを綴った叙事詩といった趣の作品である。独特の癖のある語り口を駆使し、人名や家族名を際限なく羅列し、何世代も遡ったり下ったりしながら怒濤のように結末になだれ込む、なんとも迫力のある作品でもある。(2013.2.22読了)
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by nishinayuu | 2013-04-30 09:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-04-30 16:45 x
流浪の民はユダヤ人だけではないのですね。入植地は汗と涙で開かれた土地で、小さなフランスだったんですね。カナダの多民族主義の根っこにはフランス系の人々の処遇の問題がかかわっているのでしょう。読んでみたいです。
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