『ティンカーズ』(ポール・ハーディング著、小竹由美子訳、白水社)


c0077412_16345839.jpg『Tinkers』(Paul Harding)
2009年に刊行され、2010年のピュリッツァー賞フィクション部門を受賞した作品。タイトルにあるティンカーとは金物類を修理したり行商して回ったりする、いわゆる「鋳掛け屋」のこと。
物語は「死ぬ八日前から、ジョージ・ワシントン・クロスビーは幻覚を起こすようになった」という印象的な書き出しで始まる。ジョージは地元高校の機械製図科主任、進路生活指導主事などを歴任して退職した後、アンティーク時計の売買修理を仕事としてきた。今ジョージは、自分で建てた家の居間の真ん中に据えられたベッドに横たわっている。レンタルのその病院用ベッドは、ペルシャ絨毯やコロニアル風の家具やたくさんのアンティーク時計に囲まれたなかではいかにも病院じみて場違いだった。カンザスやアトランタ、シアトルからやって来た孫たちやフロリダから来た妹が集まって家族とともに彼を優しく見守っており、彼の頭の中では家が崩れ落ちてくる幻覚や、さまざまな思い出が渦巻いている。
ジョージが死ぬほぼ70年前、父親のハワード・アーロン・クロスビーは木製の荷馬車を御して生計を立てていた。ハワードは鋳掛け屋であり、銅細工師であり、ブラシやモップの行商人だった。彼の商売がいちばん繁盛するのは春と秋だった。北の森の奥に住む人々は、秋には冬に備えて買いだめしたし、春は道が通れるようになってハワードが巡回していくよりずっと前に生活必需品を切らしてしまっていたからだ。巡回中、ハワードは他にもいろいろなことをした。狂犬病の犬を撃ち殺す、赤ん坊を取り上げる、火事を消す、散髪をする、密造酒屋のウイスキーを売りさばく、溺れた子を川から引き上げる、などなど。森の奥に住む隠者、ギルバートの腐った歯を抜いてやったこともある。そのときギルバートはお礼としてナサニエル・ホーソンからもらったという献辞入りの『緋文字』をハワードにくれた。そんなハワードには発作の起きる持病があって、彼の妻のキャスリーンはそのことを子どもたちに知られないように懸命に隠していたのだが、ある日子どもたちに隠す暇もなくひどい発作が起き、舌をかまないように手をかしたジョージが噛みつかれるという事故が起きた。そんなことがあったあとハワードは、一日の仕事を終えて家までもどったとき、家の前をそのまま通りすぎて姿をくらました。妻が自分を病院に入れようとしていることを知ってしまったからだ。当時、そういう発作を持つ人を収容する病院というのは精神病院だった。家には4人の兄妹――ジョージと二人の妹、一人では何もできない弟――と夫に出し抜かれて取り残される形になったことで生涯夫を恨むことになるキャスリーンが残される。
物語にはさらにハワードの父親も、ハワードの思い出として登場する。牧師だったハワードの父親は日曜毎に教区の信者達の前で説教を行ったが、それが不明瞭で退屈なものだったためしだいに人々の非難を浴びるようになった。それは父親が何らかの形でこの世界から外れてしまい、すでにゆっくり遠のきはじめていた徴候だったのであって、やがて父親は迎えに来た馬車に乗せられて木立の中に消えていき、それがハワードが父親を見た最後となった。

ジョージとその父親のハワードがかわりばんこに登場して語っていく一族の物語は、時代はさほど古くはないのに、遙か昔の伝承の世界の物語のような雰囲気に満ちている。語りの部分のほかに時計修理手引き書の抜粋やハワードが書いた鳥の巣の作り方などの数編の覚え書きも挟み込まれた、コラージュのような構成になっており、あちこち行ったり来たりしながらじっくり読むべき作品である。(2013.2.16読了)
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by nishinayuu | 2013-04-24 16:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-04-25 17:12 x
田舎の便利屋さんのような存在だったんですね。一族の物語というのはどこの国でもおもしろいですね。
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