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『인간에 대한 예의』(공지영著)


c0077412_20224543.jpg『人間に対する礼儀』(孔枝泳)
1963年に生まれ、1988年にデビューした著者が1994年に発表した作品。
民主化運動・労働争議の最盛期に学生だった語り手は、貧しい仲間たちに部屋を提供したり、物資の調達をしたり、という形で運動に関わっていた。しかし彼女は、他の学生たちのようには運動に一途な情熱を傾けることができず、ある日、用足しに出かけたまま仲間のところには戻らなかった。つまり、戦線を離脱して逃亡したわけである。誰からも責められはしなかったが、彼女にはずっとそれが心の重荷になっていた。だから雑誌社で働く彼女のところに、学内で指導的立場にあって彼女が秘かに憧れていた先輩がカンパを求めてきたときは、受け取ったばかりの給料袋をそのまま差しだしたのだった。
数年後、彼女は女性誌の特集記事を担当していた。来月号には、かつての民主化運動の精神的指導者であったコン・オギュを取り上げるつもりで、取材も済ませていた。コン・オギュは20年もの間獄に繋がれていて最近、50歳近くになってやっと釈放された人物だ。彼の思想を奉じて闘った若者たちは、銃撃で死んだり、事故死したり、拷問の果てに獄死したり、死刑になったり、精神に異常を来したりしたが、コン・オギュはその間ずっと獄中にいたのだった。長期間閉じこめられていたため、部屋の扉が中から開けられることにも思い至らず、外に連れ出せば数歩先に立ちはだかる壁を感じて進めなくなるこの人物を、やはり長い間世間の片隅でひっそり暮らしてきたような弟夫婦が世話をしている。
ところがデスクが来月号にはイ・ミンジャを取り上げるように、と言ってくる。若くして絵の才能を花開かせ、さらに世界のあちこちを放浪してインドで瞑想の師に巡り会い、瞑想を体得してきた女性であり、都会の喧噪を離れた自然の中で瞑想し絵を描く、という生き方が多くの人々の心を捉えている時の人である。デスクの強引さに反発を覚えながらも、語り手はカメラマンといっしょに彼女を取材しに行く。会ってみると、確かにイ・ミンジャは神秘的な雰囲気と揺るぎない信念を持った存在感のある人物だった。来月号の特集はコン・オギュと決めていた語り手は迷い始める――来月はデスクの言う通りイ・ミンジャにして、コン・オギュはその次の号に延ばそうか。コン・オギュは、かつては若者の間で英雄的な存在だったかもしれないが、今の若者、特に彼女の担当している女性誌の読者たちが果たして興味や関心を持つような人物だろうか。そうして彼女がコン・オギュを再来月号に延ばそうとほぼ心を決めたとき、例の先輩から「近くに来てるんだけど、ちょっと会えないか」と連絡が入る。(2012.2.13読了)
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by nishinayuu | 2013-03-16 20:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-03-18 21:09 x
運動を継続しているという優越感と途中で脱落したという劣等感が2人の間の関係を固定している、嫌な関係ですね。運動を継続することに意義があるわけではなく、何を生みだし何を生みだせなかったかをはっきりさせることが一番の責任の取り方ではないでしょうか。離脱したのも運動への消極的な批判だし、そこを明らかにすることが語り手のトラウマからの解放のためにも必要なことでしょう。ちょっとおもしろそうですね。
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