『カノン』(篠田節子著、文藝春秋社)


c0077412_14121100.jpg幻のヴァイオリン』の解説で、共通するものがあるとして勧められていた作品のひとつ。ヴァイオリンを弾く男が幽霊になって主人公の前に現れる、という点は確かに共通する。けれども『幻のヴァイオリン』の幽霊が圧倒的な存在感のある華やかな人物だったのに比べると、こちらの幽霊はいかにも幽霊らしく影の薄い見栄えもしない人物である。実に日本的な、「うらめしや」的な幽霊なのだ。共通点といえるのは、ヴァイオリニストが幽霊になっている点と、ヒロインの容姿があまりぱっとしないという点だろうか。ただしこちらのヒロインは、若い頃は人目を引くとびきりの美人だったということになっている。
ヒロインの瑞穂は教員養成大学で学び、チェロ奏者になる夢をあきらめて小学校の音楽教師をしている。学生時代の一夏、ヴァイオリンの香西康臣、ピアノの小田嶋正寛と三人で合宿練習をしたことがあった。康臣のヴァイオリンには常人とは異なる抜群の音楽性があり、瑞穂のチェロとよく響き合ったが、その響き合いは演奏しているあいだだけのものだった。康臣は他人とうまく交流できない人間だったが、瑞穂とだけは音楽で語り合うことができたのだ。もう一人の正寛は康臣の高校時代からの知り合いで、音楽性はなかったが理詰めに丹念に練習して、短期間でピアノパートをなんとか弾きこなした。ただしこのトリオは合宿練習をしただけで終わり、三人はそれぞれの秘密――瑞穂と康臣の、康臣と正寛の、正寛と瑞穂の――を抱えたまま別れた。それぞれ別の人生を歩んで20年もたったある日、正寛から康臣の訃報がもたらされ、葬儀にいっしょに行くことになったが、正寛がドタキャンしたため瑞穂は一人で松本に行く。そして瑞穂は康臣の弟から、康臣が瑞穂に残した「遺品」を渡される。それはなんとも奇妙な音の流れが録音されたカセット・テープだった。音は確かに康臣のものだったが、メロディーがつかめないうえに、テープを止めても音が流れ続けたり、他のテープに勝手にダビングされていたり、さらにはその音とともに康臣の亡霊が現れたり、という怪奇現象が続く。康臣は20年も交流のなかった瑞穂に何のためにこんな「遺品」を残したのだろうか。

一言でいえば、音楽的蘊蓄小説である。カノン、フーガなどの用語解説からさまざまな曲、作曲家、演奏家、演奏の技法など、素人としては目眩を覚えるような音楽の世界が繰り広げられ、それだけでも読み応えはある。康臣があの世に辿り着けずに彷徨っている現象やら、カセット・テープに残された音の録音の方法やら、不必要に説明的で理屈っぽい叙述が多くて感興が削がれるが、結末は感動的である。(2012.12.19読了)
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by nishinayuu | 2013-02-20 14:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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