『あらゆる名前』(ジョゼ・サラマーゴ著、星野祐子訳、彩流社)


c0077412_1434393.jpg『Todos os Nomes』(José Saramago)
著者はポルトガルを代表する作家で、1998年にノーベル文学賞を受賞。10冊目の長編小説である本書は、1997年にリスボンのカミーニュ社から刊行されたもの。
主人公のジョゼ氏は戸籍管理局の補佐官である。戸籍管理局は古紙の臭気に包まれている。新たに産声を上げる男女の届け出用紙が毎日持ち込まれるが、この臭いは変わらない。「その第一の理由は、新製紙は工場から出荷される時点から古くなりはじめるためであり、第二の理由としては、慣例的に古い紙のほうに死因、死亡場所、死亡日時などが毎日のように書き込まれるためである、(後略)」
戸籍管理局の扉を開けると、そこは長方形の大部屋で、長いカウンターが両端の壁をつないで、一般客が訪れる場所と職員が働く場所を区分している。カウンターの内側は職制の順位に従って、一列目に一般客の応対をする8人の補佐官の席、その後ろに4人の係長の席、次に2人の課長の席、最後に局長の席(当然ひとつだけ)がある。その後ろは死者の書類が無秩序に蓄積されている暗闇の世界だ。調べ物のために入った紋章学者が一週間後に瀕死の状態で発見されるという事件があったあと、死者の書庫に入る際はアリアドネの糸を付けること、という職務規程が局長によって通告された。
いちばん下っ端の職員・補佐官であるジョゼ氏は、職場とドア一つでつながった部屋に住んでいる。以前は建物の壁に沿ってそういう職員用の部屋が複数あったのだが、区画整理のために取り壊されて、区画整理に関わりのなかったジョゼ氏の部屋だけが残ったのだ。つまり、ジョゼ氏がそこに住み続けているのは何らかの特権のためではないのであって、その証拠にジョゼ氏は現在は職場との境のドアを使う事を禁止されている。だからジョゼ氏は他の人と同じように、家から一度外に出て管理局の正面玄関から職場に入っていく。独り者で生活もぎりぎりのジョゼ氏の唯一の楽しみは、有名人の記事や写真が載っている新聞や雑誌の切り抜きを集めることだ。そしてある時ふと、自分のコレクションに根本的欠陥――有名人たちの出生、家系、先祖生まれた場所――などの記録がないことに気がついたジョゼ氏は、夜中に職場とつながるドアを開き、死者の書庫から書類を抜き出して書き写し始める。小心者のジョゼ氏の大冒険はほぼ2週間で終わるはずだったのだが、有名人の書類を抜き出すときに、間違ってもう一枚、ある女性の書類をいっしょに家に持ってきてしまったことから、ジョゼ氏はその女性について調べずにはいられなくなる。こうしてジョゼ氏の職権乱用、職務怠慢はエスカレートし、生活は乱れていき……。

仰々しくて回りくどい描写に、改行が極端に少なく、会話部分も読点だけで延々と続いていく、という取っつきにくい文体である。主人公の妄想までほかの部分との区別なしに書き連ねてあるので、読みにくいことこの上ない。ところが、読んでいるうちにこの風変わりな文体に快感を覚えるようになる。まじめそうなのだけが取り柄に見えた主人公がどんどん暴走するのにも、こうなったら最後までつき合おう、という気になる。最後までつき合う価値のある、心に残る作品である。(2012.12.14読了)
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by nishinayuu | 2013-02-14 14:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-02-19 18:11 x
どこにでもいそうでどこにもいないような主人公だし、設定ですね。のぞき趣味の醍醐味にはまってしまったようですね。読んでみたいです。
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