『パンツの面目ふんどしの沽券』(米原万里著、筑摩書房)

c0077412_1113094.jpg痛快なエッセイの名手、米原万里によるなんとも大胆なタイトルのエッセイ。「ちくま」に2001年8月号から2003年7月号まで連載したものを手直しして単行本としたこと、その手直しの作業が悪性の癌との戦いの中で思うようにはできなかったこと、などがあとがきに記されている。いつもの「威勢のよさ」が感じられないような気がしたが、後書きを読んで納得した。
といっても決してつまらないわけではなく、いろいろな知識、情報が満載の楽しくてためになる読み物である。例えば、ソ連時代の人びとは用便の後、紙を使わずそのままズボンをあげていたこと、下着を着けていない兵士たちのルパシカの裾が黄ばんでいたこと、工場生産の下着というものがなかったソ連の女性たちはショーツを手作りしていたこと、ポーランド製のレースつきのパンツや中国製の「友誼」印のパンツが貴重品だったことなどが、自他の体験談や各種の記録とともに紹介される。なんと手作りショーツの型紙まで添えられている。このように日本と東欧圏のトイレ文化の違いやパンツ・ズロース談義がしばらく続いたあと、明治期に日本を訪れたモースやビゴーが「ふんどし姿の男」の写真や絵をたくさん残しているという話から、男と女の下着の違い、もしくは類似へと話題が展開していく。
著者の始めのもくろみでは、パンツはグローバルなものでふんどしはナショナルな価値を持つもの、ということになるはずだった。ところが連載を続けるうちに、読者からの体験談やら専門家からの資料提供やらもあって、どうやらパンツよりもふんどしのほうがグローバルなものだったことが判明したという。話はさらに発展して、ヨーロッパ文化圏には「男はズボン、女はスカート」という固定観念が頑強に残っているが、この棲み分けが始まるのはごく最近のことであり、実に長い間、男女の下半身を覆う衣は同じ形状(スカート型)だったこともさまざまな例証とともに詳述されている。(2012.12.9読了)
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by nishinayuu | 2013-02-08 11:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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