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『拉致と決断』(蓮池薫著、新潮社)


c0077412_11233614.jpg拉致被害者の一人である著者が、帰国から10年にしてやっと北朝鮮での24年間を語り、拉致被害者としての心情を語った書。24年という歳月を語るには10年という歳月が必要だったということに、まず感銘を受ける。この点について著者は次のように述べている。
「なによりも日本に残るという決断が正しかったという確信が必要だった。(中略)ほかの拉致被害者たちの帰国を実現する上で、いったい私がどうすることが適切なのか、つまり私がこのようなものを書くことが問題解決に有益なのかを判断する必要もあった。さらには、私自身が北朝鮮での生活を、むき出しの感情や感傷からだけではなく、一定の距離を置いて冷静に振り返ることのできる、心の余裕も不可欠だった。」
このことばでわかるように、著者は深謀遠慮の人である。自分の喜怒哀楽、そのときどきの自分の考えはかなり突っ込んで語っているが、妻や子どもたち、日本の家族の言動については控えめな記述しかしていないし、一緒に帰国したほかの拉致被害者の言動については何も語っていない。もちろん彼らの心情を代弁することもしていない。これが、著者の日本語の確かさと共に、この書を信頼できるものにしている。

本書には拉致当初の恐怖と絶望の時期に始まり、人間らしく暮らそうと心を決め、日本人ということを子どもたちにも隠して暮らした諦念と苦悩の時期を経て、降って湧いた帰国の話がついに実現した時期とその後までが、25章にわたって綴られている。「このまま死ぬわけにはいかない」「招待所の丘の向こうには、柏崎の海があるような気がしてならなかった」「自分がこんなにも反日的な国に拉致されたという事実に戦慄した」などの拉致被害者としての思い、飢えや物資不足の中で特別待遇を受ける立場の者としての思い、国際試合や金正日の死に際して取るべき態度に苦慮する偽装者の思いなど、読むだけでも苦しい諸々の事柄が冷静沈着な筆で書き進められているのである。が、それだけではない。著者の接した招待所の人びと、外で出会った人びとについても多くのページが割かれている。本書を著すにあたって著者は「決して楽に暮らしているとは言えないかの地の民衆について、日本の多くの人たちに知ってほしいという気持ちもあった」と述べている。すなわち「彼らは私たちの敵でもなく、憎悪の対称でもない。問題は拉致を指令し、それを実行した人たちにある。それをしっかりと区別することは、今後の拉致問題解決や日朝関係にも必要なことと考える」というのである。こうした著者の思いがしっかりと伝わってくる、ぜひ多くの人に読んでもらいたい本である。さらに言えば、時期を見て続編を出してくれることを期待したい。(2012.11.11読了)

☆個人的な収穫その1――日本でもおなじみの凄みのある声の女性アナウンサーは李春姫(リ・チュンヒ)という名前でした。
個人的な収穫その2――彼の地では合掌は宗教的なタブーも同然。しかも抗日パルチザンに捕まった日本兵が命乞いをするときの定番の動作なのだとか。著者によると、「拉致直後に早く日本に返してくれ、という意味で手を合わせたら、相手は嘲りの混じったまなざしで私を見た」そうです。
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by nishinayuu | 2013-01-15 11:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2013-01-20 22:36 x
察してもあまりある心境だと思います。安倍総理は前回は拉致を解決できる総理ではないかと期待されて登板したわけですから、今度こそ解決してもらいたいですね。
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