『悲しみの鶸 下』(アンナ・マリア・オルテーゼ著、村松真理子訳、白水社)

c0077412_1085812.jpg『Il cardillo addolorato』(Anna Maria Ortese)
この本の体裁上の特徴の一つは目次の綿密さであるが、内容に関する特徴としては全編に死の影が漂っていることが挙げられる。始めのほうに象徴的な鶸の死があり、次いで幼い子どもたちの謎めいた死が度重なり、青年も壮年も死んでいく。だからといって救いのない暗い物語、というわけではない。作中の人物たちは人知では量りしれない大きな流れの中で生きているのだ。
もう一つ印象的なのは登場人物が複雑に入り組んでいることと、それらの人物の呼称がめまぐるしく変わることである。ネヴィルが「王子」だったりイングマールだったりするのはまあいいとして、「荷運びの少年」はその時々でリロ、ジェロンテ、ジェロンティーノ、ジェロ、果ては「仔山羊」と呼び分けられ、「公証人」はこの職名の他に本名のドン・リボリオ・アッパレンテで呼ばれたり、単にアッパレンテ(見せかけ)と揶揄的に呼ばれたり、ペンナルーロ(ペンの男)と通称で呼ばれたりする。登場人物のほとんどに複数の呼称があるのでややこしいことこの上ない。まあ、慣れればどうということもないのだが。
下巻の目次は以下の通り。

第4章の続き 情景が一変する/荷運びの少年/ササ、ひっかかれる/二人の友がまた長い段だら坂をゆく/その家での出来事に関する推理/屋根に光が差し、「ハト」が再び飛ぶ/意味深い沈黙
第5章 王子と小悪魔
「大階段」の頂にある家 再びペンナルーロが登場する/第二のジェロンテについてうがった推測/不思議な祭列/「小さな」エルミナとドン・マリアーノの似姿/仔山羊のたくらみ/地下の民、それは単なるたわごとか、それとも歴史家たちが言及しない面倒な事実なのか?/アルフォンスの冗談と「公証人」のきまじめ/再び鐘の音が聞こえる/控えの間での驚き/美しい小像と公爵からの「小さな」イングマールへの便り/カゼルタへ!カゼルタへ!/ずいぶんとご機嫌の公爵と大いにしおれたお道化者/クラクフの「水晶」が再び取り出され、ナポリのある邸の様子を探る/公爵による種明かしが続く/王子、ご用心!恐怖にかられるイングマール/誰にも正体のしれないケプヒェンなる者について再び語られる/王子の受難と、彼の新たな(ほとんどまともな)考え/さらなる動揺/テレゼッラが水晶玉に登場する/逃げていく「荷運びの少年」と警察の回し者をからかう小歌/エルミナの苦悩/夜中の(絶望の)会話/ぼんやりとした王子と、「小さな家」を襲うある担保に関する思いがけぬ脅威/青い夜空/ただし世界の新しい変革を試みる心をもう信じてはいない空模様
第6章 死者たち
11月/ドンナ・ブリジッタとドン・マリアーノが再び登場する/墓の間に響くいくつもの声と戯れ/失望の会話/マダム・ペコ/王子が「インマリーノ氏」なる者と取り違えられる/手袋職人のもらい子たちに関する、白熱のやり取り/そして山ほどの(無益な)質問と不確かな答え/傷ついたリロ/ササの嘘/目前の悲劇/リロと長い「段だら坂」の上に日が翳る/ある家庭の問題/鍵でとじこめられた者たち!/多くのことがあらわにされ、公爵の取りなしで、三度目の結婚申し込みがなされる/エルミナの鶸への宣言(それとも懇願?)と「荷運びの少年」に対するノディエの最初の仕打ち
第7章 母なるヘルマ
王子のリエージュへの帰還と、ドンナ/エルミナとその弟についてはっきりした消息のない彼のさみしさ/冬の日の束の間の幻影/彼は愛する女を「母なるヘルマ」と呼ぶことにする/ペンナルーロによる真実についての驚くべき(かつ中傷に満ちた)種明かしと、H・Kとその姉のケルンへの逃避に彼らの「信じ難い落ちぶれ樣」/王子は再び彼らを救おうと決心する/ナポリからの新たな手紙とある銀行員の証言/ペンナルーロの大はばな取り消し/小さなヒエロニムスと忠実なエルミナの最期の日々が明らかにされる/ある三月の夜とある王の近衛兵について/荒涼たるリエージュの邸/「馬は厩舎に連れ帰れ、永遠に!」と王子が叫ぶ/王子殿下に、ナポリからのヒワなる者の来訪が告げられる

最後まで読んでも結局「悲しみの鶸」とは何なのかはっきりしない。訳者も「いくつもの鍵は作中にちりばめられているものの、このタイトルに何を読み取るか、それも一切それぞれの読者にゆだねられているのだろう。この不思議なトリが、ある日われわれを訪れてくれる日まで、この謎は解けないのかもしれない」と言っている。なるほど!(2012.11.8読了)
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by nishinayuu | 2013-01-09 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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