『六月の長い一日』(ロジェ・グルニエ著、山田稔訳、みすず書房)

c0077412_11473582.jpg『Le Veilleur』(Roger Grenier)
2年前に読んだ短編集『別離のとき』に次いで2冊目のロジェ・グルニエ。本作は短編ではなく、25の章からなる中編小説である。
ローリス・ファリレエフはときおりルネ・ファングラードのところに電話をかけてくる。「亡霊を呼び出すみたいに、この男友達を遠い過去から引っ張り出したくなること」が彼女にはときどきあるのだった。前回は音楽会への誘いで、「私にはもう音楽しかないの」と言っていたが、ルネはいつものように断った。今回は音楽の話ではなく、彼女がもう一つ熱を上げている文学の話だった。二人はムッシゥ=ル=プランス通りのハンガリー菓子店の喫茶室で語り合った。彼女はお気に入りの作家の名前を立て続けに挙げた。チェーホフ、パヴェーゼ、スコット・フィッツジェラルド。そして出し抜けに、「わたし、ひどい病気みたい。しょっちゅう咳が出るの」と言う。彼女はいつも、『魔の山』の時代のようにサナトリウムで療養生活を送れなかったことを残念がっていて、マリ・バシュキルツェフとキャサリン・マンスフィールド、胸を病んだこの二人の有名な女性の名をよく引き合いに出したものだった。そして別れしなに、いつか時間をさいてシモンがどうしてあんな風になったのかおしえてほしい、と言い出す。シモンはルネにとっても重要な存在なのだったが、ルネは、ぼくだって何もわからないよ、別世界の人間だから、と断った。
何ヶ月も彼女に連絡せずにほっておいたが、6月初めのある日の午後、ローリスの住む家を訪れた。ローリスの顔は青ざめ、やつれが目立った。しかし、ルネが話し始めるとむさぼるように聞き入り、質問したり間違いを正したり、細かな点を補ったりし、しだいに顔に血の気が戻ってきた。ルネはルネで、「彼女の招きに応じたのも、こうして記憶の糸をたぐり寄せるのも、あながち彼女のためだけではないことを意識し始めていた。」のだった。
ルネが学生時代に崇拝していたシモン。対独レジスタンスに燃え、パリ解放をともに喜び合ったシモン。将来は作家として名をなすものと誰もが信じていたシモン。そんなシモンがなぜすべてを捨てて姿を消したのか。ルネとローリスは過去と現在を往き来しつつ、シモン・ファーブル=レスコーとその周囲の人びとの姿を照らしだし、彼の挫折の原因を探っていく。いくつものシーンを重ねてひとつの時代とその時代を共に生きた人びとを浮き彫りにした作品で、上出来の映画を見終えたような読後感が残る。(2012.9.8読了)
☆シモンの生活に現れた不幸な女の一人であるヴィヴィアーヌが睡眠剤で自殺したとき、彼女が眠りに入りながら聞いていたのが自分の歌声の入ったカセット・テープだった、と知ったシモンが、「かわいそうに、最後の眠りのための子守歌に、自分の声しかなかったなんて」と漏らすくだりがあります。死に向かう日々、自分の演奏を聴き続けたというジャクリーヌ・デュプレを思わせる哀切なエピソードですね。
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by nishinayuu | 2012-11-04 11:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2012-11-09 10:40 x
時代を共有する人々がその時代を話し合うのは楽しいでしょうね。ハンガリー菓子店というのが気になりました。どんなお菓子を置いているのかしら。
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