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『人間はどこまで動物か』(日高敏隆著、新潮社)


c0077412_10264486.jpg生物学者によるエッセイ集。新潮社の『波』に〈猫の目草〉と題して連載した40編の作品が収録されている。ほとんどが生物に関するエッセイなのは当然だが、中には「年賀状とY2K」、「十八歳」「大学って何?」「紅葉と言語と」などのように生物とは直接関係のない話も少し入っていて、「生物についてのエッセイ集」ではなく「生物学者によるエッセイ集」なのだ、と納得する。
生物の世界を楽しく勉強するにはうってつけの本で、特に忘れるともったいないと思った話を以下に書きとめておく。
○山のチョウのオナガアゲハは里のチョウのクロアゲハとよく似ているが、触ると頭の後ろからにゅっとでる臭角が、クロアゲハの幼虫では赤、オナガアゲハの幼虫では黄色である。
○カやユスリカといった双翅類の「群飛」(いわゆる蚊柱)は、さし出ている木の枝とか家の軒先とか、何か目立ったものを目印にして、まずオスが集まってきて形成される。そしてオスたちが仲間の姿を見ながら、仲間から離れないように飛んでいると、その羽音や集団の姿を目印にしてメスが飛びこんでくる。するとオスがいっせいに飛びかかり、うまくメスに接触できたオスは、メスといっしょに地面に落ちて交尾する。双翅類は水たまりとか草の根元とかのばらばらの場所で育つので、成虫になったオスとメスが出合うのは大変なことなのだが、彼らは群飛によって出合いの確率を高めているのだ。
○熱帯地方ではホタルが大量同時点滅をする。こういうホタルは特定の木に多数集まり、発光の周期を合わせて点滅する。日本のゲンジボタルもそれに近いことをするが、それはいわゆる蚊柱と同じ機能を持つ。
○世界中にホタルは2000種類ほど、そのうち日本には約50種類いるとされる。それらは幼虫が陸上に棲み、カタツムリなどの陸上の貝や虫を食べて育つ。ヨーロッパのホタルもそうだし、名古屋城のヒメボタルもそうである。そんな中で、日本のゲンジボタルとヘイケボタルだけは、幼虫が水の中に棲み、水中の貝を食べて育つ。だから、ホタルこい、ホタルこい、こっちの水は甘いぞ、という歌は、日本のゲンジボタルとヘイケボタルにしかあてはまらない。
○イヌとネコは同じ食肉類のけものであり、ウシのような草食性の有蹄類と比べたら、互いによく似ている。ただし、イヌはいろいろ人間の役に立つようなことをするので、知能の点ではイヌの方が進んでいるように見える。しかし人は「イヌはどこまでネコか?」という問を発することはない。それは人が無意識のうちに、イヌとネコは全く違う動物であることを知っているからだ。この違いは同じスケールの上での「どこまで」という違いではなくて、いうなればベクトルないしパターンの違いである。イヌはイヌなりの、ネコはネコなりのやりかたで生き、それぞれ子孫を残してきた。同じスケールの上で、どれがどこまで、という問題ではない。「ゾウはどこまでライオンか?」という問は存在しえないのである。そしてそのことはだれでも無意識のうちに知っている。
それなのに人はなぜ、「人間はどこまで動物か?」と問い続けるのだろう?そこには常に一本のスケールの上での到達度を問題にしようとする近代の発想の呪縛があるようにしか思えない。(2012.8.19読了)
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by nishinayuu | 2012-10-11 10:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2012-10-11 16:28 x
専門家の書くものは含蓄が深くて読む人をうならせますね。
納得しました。
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