『スターバト・マーテル』(ティツィアーノ・スカルパ著、中山エツコ訳、河出書房新社)


c0077412_9463680.jpg『Stabat Mater』(Tiziano Scarpa)
「お母様、真夜中です。わたしは床を抜け出し、ここへ来てお便りを書いています。」という文で始まるこの物語は、18世紀ヴェネツィアの養育院という特殊な環境に置かれた少女の苦悩と憧れを浮き彫りにする。語り手のチェチリアは16年前に自分を養育院に捨てたと思われる母に問いかける。どうして自分を捨てたのか、そもそもどういう事情で自分を生んだのか、今生きているのか、生きているとしたらどこにいるのか、いつか会いに来てくれるのか……。母に宛てた読みてのいない手紙に、彼女は養育院での日々を綴っていく。仲間の少女たちのこと、世話をしてくれるシスターたちのこと、選ばれて音楽教育を受けていること、指導するのは年老いた神父で、彼が作る楽曲は当人と同じように干からびていること。あるいはまた、礼拝のときは会衆から見えない柵の陰で演奏していること、ときたま外に出て演奏するときは出かけるときから帰ってくるまでずっと仮面をかぶっていることなども。世間から隔絶された養育院という柩、音楽という柩の中に横たわっているかのような日々の中で、彼女は「蛇頭」(死)と言葉を交わすことによって死の誘惑を退ける術を身につける。
やがて老神父が亡くなり、後釜として赤毛のアントニオ神父がやってくる。彼はたちまちチェチリアの才能を見抜き、その才能を愛し、彼女のためにヴァイオリンのためのソナタまで作る。しかし彼が彼女に望んだのは、彼女が囚われの身のままでいること、彼の曲の演奏にその身を捧げることであって、彼女が一人の人間として生きることではなかった。

『四季』の作曲や演奏に関するエピソードが盛り込まれていることから明らかなように、アントニオ神父のモデルはアントニオ・ヴィヴァルディである。したがって養育院のモデルはヴィヴァルディが関わりを持っていたピエタ養育院ということになる。この作品では「赤毛の司祭」アントニオが、チェチリアの成長に大きな影響を与える役割を与えられて大活躍するし、楽器の演奏法やら様々な楽曲についてのエピソードもちりばめられているが、それらはいずれも脇役もしくは背景であって、主役はあくまでもチェチリアである。
巻末に「著者ノート」というものがついている。それによるとこの作品を書くきっかけとなった事柄が二つあり、一つは子どもの頃初めてプレゼントされた33回転レコードがヴィヴァルディの「四季」だったこと、もう一つは著者が1960年代に生を受けたヴェネツィア市立病院の産科がかつてのピエタ養育院の中にあったことだという。また著者は、「この作品は年代上の錯誤に充ち満ちており、各所に重大な事実の捏造が散りばめられている。ヴィヴァルディの研究者、賛美者に寛大なお許しを乞う」とも述べている。本の内容を何でもかんでも信じてしまう「素直な人たち」への警告であろう。(2012.8.16読了)
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by nishinayuu | 2012-10-08 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2012-10-11 08:35 x
手紙といえば「あしながおじさん」をおもいだしますが、この小説の主人公にはハッピーエンドはあるのでしょうか。自由に羽ばたくことができるのか読んでみたくなりますね。
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