『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』(ウーヴェ・ティム著、浅井晶子訳、河出書房新社)


c0077412_16321498.jpg『Die Entdeckung der Currywurst』(Uwe Timm)
狂気と恐怖の支配した時代に、人生の輝きを求めてたくましく生きた一人の女性の物語であり、彼女と様々な形で関わりながら同じ時代を生きた大勢の人びとの物語である。
カレーソーセージとは「ベルリン、ハンブルクなど北ドイツ地方の庶民の味の代表で、普通は道端の立ち食い屋台で買う。200円くらいの安価な食べ物で、日本で言えばさしずめタコ焼きといったところ」なのだそうだ。カレーソーセージの発祥の地は50年代後半のベルリンで、肉団子やハンバーグと同様に同時多発的に大勢の人によって作られたもの、というのが「通」のあいだでは定説になっているという。しかし語り手は、この食べ物が誕生したのは40年代半ば頃のハンブルクで、しかもブリュッカー夫人というれっきとした考案者がいる、と主張する。
語り手にはそう主張する根拠があった。子どもの頃よく訪ねたハンブルクのブリューダー通りに住む伯母の家でカレーソーセージの効用を語っていたブリュッカー夫人、大人になってからハンブルクを訪れる度に立ち寄ったグロースノイマルクトでカレーソーセージの屋台をやっていたブリュッカー夫人を知っていたからだ。語り手は自説を検証し始める。
ブリュッカー夫人の屋台で最後にカレーソーセージを食べてから12年以上も経っていた。ブリューダー通りに行ってみるとアパートは改装されており、彼女の表札はもう無かったし、彼女のその後を知る人もいなかった。けれども語り手は彼女と再会することができた。住民局で彼女の居場所を突き止めたのだ。市立の老人ホームの243号室で、彼女は語り手を待っていた。豊かな金髪は貧弱な白髪になり、目も見えなくなっていた。けれども彼女は語り手のことをよく覚えていた。そして語り手に問われるままに、カレーソーセージ誕生に至る偶然や必然の出来事を語り始める。手探りで器用にセーターを編みながら。しかも色とりどりの毛糸で素晴らしい風景を編み込みながら。
始まりは1945年4月29日、日曜日。ヒトラーが政治的遺言を口述筆記させた日、イギリス軍がアルトレンブルクでエルベ川を渡った日である。ハンブルクは要塞として最後の一人になるまで守り抜かねばならないとされていて、ついに最後の最後の部隊が前線に投入されることになった。急遽その部隊に配置された海軍一等兵層のブレーマーはその日、ハンブルクにやってきた。しかし彼は部隊に出頭しなかった。空襲警報が鳴ったとき、たまたま近くにいたレーナ・ブリュッカーに導かれるままに防空室に逃げ込み、警報が解除されたあと彼女をアパートに送っていって、そのまま彼女の部屋に止まったのだ。24歳の脱走兵ブレーマーと、40をとうに過ぎた食料品庁の従業員レーナの同棲生活が始まる。 (2012.8.10読了)
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by nishinayuu | 2012-10-05 16:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2012-10-07 21:45 x
いつかドイツに行ったらカレーソーセージを屋台で食べてみたいですね。
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